7 エセル・レジンスカ

エセル・レジンスカ(一八八六―一九七〇)は、イギリスのピアニスト・作曲家・指揮者・教師。フランクフルトで学んだ後、ウィーンでレシェティツキにピアノを、ニューヨークでルービン・ゴールドマークらに作曲を、グーセンスらに指揮を学ぶ。ピアニストとしての力量のほか、見栄えの良くライトアップしたステージや男装でも聴衆を魅了した。後半生はピアニストを引退し、指揮・作曲・教育に従事。女性指揮者の先駆けとして活躍した。なお「レギンス」が本当の姓だが、キャリアを有利にするためにポーランド風の名にするよう助言を受けてそれに従っている。

リラックスは現代ピアノ演奏の要

才気あふれる若手ピアニスト、エセル・レジンスカは、このところアメリカに住んでいる。私たちは、コンサートツアーから戻った彼女にカーネギーホールのスタジオで会った。この若いイギリス人女性は小柄で黒い髪をしていた。とても表情豊かな人だ。彼女の所作は生き生きとしていて、しかも真剣そのものだった。形の整った素晴らしい手にはしっかりとした筋肉がついていて、これは間違いなく、彼女が一日に何時間もピアノの前で費やしている証拠である。

マクファーレン

「ええ、私はたくさん公開演奏してきました。実際、私は六歳の頃からずっとそういう人生を送ってきています。音楽の勉強を始めたのはハル [イングランド東海岸の都市] です。ハルは私たちが住んでいたところです。最初の教師はマクファーレン(*)の門下生でした。のちにロンドンに連れて行かれると、お金のある人たちが私のためにいろいろ計らってくれました。その後、レシェティツキのところに行き、十六歳まで何年間か彼に教わり、またベルリンでも学びました。それから音楽家としてのキャリアをスタートさせ、ヨーロッパ中をコンサートして回りました。今はしばらくアメリカにいます。アメリカはいいですね。すでにお気に入りの国になっています」

(*)サー・ジョージ・アレグザンダー・マクファーレン(一八一三―一八八七)は、イギリスの作曲家・音楽学者。作品にオラトリオ≪洗礼者聖ヨハネ≫などがある。

「私にとってピアノは本当に素晴らしい楽器です。私たちはピアノの可能性に目覚め始めたばかりだと思います。技術的な意味ではなく表現のため大いなる手段としてのピアノの可能性のことです。私にとってはピアノは、あらゆる気分・感情・情念・喜びと悲しみ・善と悪など、人生に現れるものすべてを反映することができるものです。ピアノによって、自分が生きてきた人生を映し出すこともできます」

J・S・ヴァン・クリーヴ(*)は最近こう書いている。

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「ピアノができることはたくさんある。歌うこと、行進すること、踊ること、輝くこと、雷を落とすこと、泣くこと、嘲笑うこと、尋ねること、主張すること、不満を言うこと、囁くこと、ほのめかすことなどなど。一言で言うとピアノは楽器のなかで最も万能で柔軟な楽器である」

レジンスカの言葉はこれを思い出させる。

(*)J・S・ヴァン・クリーヴは音楽批評家。生没年不詳。

「ピアノの技術について言えば、私は技術を材料としか思っていません。目的に対する手段として捉えているだけです。実際私は、演奏したい作品が含んでいる意味に近づくため、技術への考慮から脱却しようと努めています。ピアノとピアノ音楽には大きな未来が開かれていると私は確信しています。今ですら私たちはピアノ音楽をとても真面目に受け取めていますし、たとえば五十年前のピアニストよりも一層深くて幅広い意味において、ピアノ音楽を解釈・演奏しようと努めています。仮にクララ・シューマン(*)が現代によみがえって私たちの前で演奏したら、私たちはその演奏を今の時代にふさわしいとは全然思えないはず、などと考えることがあります。リストでさえそうでしょう」

クララ・シューマン

「今の人のなかには、シューマン夫人の手がどんな姿勢だったかをまだ覚えている人がいます。それは指や腕の自由を欠いた姿勢です。今のアーティストには、リラックスして自由であること、様式が深淵かつ広大であることが要求されますが、彼女の時代にはピアノ演奏はこのような流儀ではなかった。リラックスは大事な点なのに、当時はしかるべき注意が払われていなかったのです。私たちは旧世代の大アーティストの演奏は見事だったという話をいろいろと耳にしていますが、仮に実際に彼らの演奏に接することができた場合、このようなわけで、おそらく固くてぎこちないと感じるはずです」

(*)クララ・シューマン(一八一九―一八九六)は、ドイツのピアニスト。作曲家ロベルト・シューマンの妻。

「リラックスするのは私には趣味みたいなものです。肩から指先にかけて、腕の構造すべてが自由になっているのが良いと私は考えていまず。硬直性は多くの演奏家にみられる最もありふれた欠点であるとともに、ピアノ演奏において最も咎められるべきことだと思います。誰かが私のところに来て演奏するとき、まず目につくのはこわばりです。ベルリンに住んでいるときテレサ・カレーニョ夫人(*)に何度も会いましたが、彼女もリラックスについて私と同じように感じていました。彼女の場合、鍵盤の前にいる時だけでなく、座っている時やあちこち動いている時、歩いている時などでも常にこの線に沿って考えていて、何か運んでいるときに気付かないうちに不注意に落としてしまうこともあるほどです。まったくリラックスの習慣が招いているものです」

テレサ・カレーニョ

(*)テレサ・カレーニョについては別章。

「一度もレッスンを受けたことがない若い生徒にどう教え始めるのかが良いかとお尋ねですね。私はまず第一に、腕と手首を緩めてリラックスすることを教えます。この原理は小さい子にも教えてあげることができます。鍵盤上で五本の指を弧状に構えたまま、手首を上下させます。リラックスした手の状態を自分のものにするのにそう時間はかかりません。それから指の動きを教えます。私は鍵盤上で指を高く上げないほうがいいと思っています。これだと時間がかかって速さと力の妨げになります。私は指を少ししか上げませんが、それでも力のある音は十分出せます。これについては批評家の意見が一致しています。和音やオクターブでは、キーに重みと圧をかけて弾くことで必要な力を確保します。私は和音をとるまえに空中で指を準備することさえしません。その必要性を感じないからです」

ここでピアニストは和音を続けざまに弾いて響き渡らせた。その力強さと音質は彼女の言葉を裏付けていた。指はただ押しただけでキーから離れていないようだった。打ち付けるように弾くことはまったくなかった。

「入門の生徒の話に戻りましょう。最初の教本にかんして言えば、私はダム(*)の書いたものをよく使います。正しい原理が教えられる限り、基本書は何を使っても構いません。レシェティツキは、自分にはメソッドがないと言っていますが、ここで言うメソッドとは教本のことでしょう。レシェティツキは、他の人ならメソッドと呼ぶものを間違いなく持っていますからね。学ぶべき原理やエクササイズはいろいろありますが、レシェティツキの予備教育を担当する教師が誰も教本を使っていないというのは本当です」

(*)グスタフ・ダム(一八三〇―一九〇四)は、一八六八年に『ピアノ教室(Klavierschule)』という教本を出した人物。この本は各国語に翻訳されるなど大成功を収めた(現在も販売されている)。

「ピアノ教育では、ご承知のようにどの生徒もそれぞれ違っています。みな自分だけの手を持っていますし、頭の良さも違います。だから生徒ごとに違ったふうに扱わなければいけません。実際のところ、これは教師にとってもありがたい話です。どの生徒も同じだと単調になってつまらないでしょう」

「ピアノは演奏者の性格が出るものです。その人がどういう性格かを知るには、演奏を聴くだけで十分です。その人がなんでも細かいところまで配慮するような人なら、それは演奏に現れます。怠惰で何事にも無頓着なら、そのことは鍵盤をタッチする瞬間に伝わってきます。大まかで度量が広くてワクワクするようなことが好きなら、それも全部ピアノであらわになります」

「また指のアクションの話になりますが、私は指を打ち下ろすような弾き方が良いとは思えません。むしろ指をキーに近づけた弾き方を推奨します。可能な場合はいつでも指をキーに付けておくんです。アルトゥール・シュナーベル(*)も同じように考えています。彼の演奏は聴いてみるといいですよ。ベルリン中がシュナーベルに夢中です。彼のコンサートはいつも席が売り切れになります。シュナーベルには生徒もたくさんいます。本当に優れた教師なんです。彼と私の意見が食い違っている点がひとつあります。私は第一関節が崩れたり力負けしたりするのをどうあっても認めません。我慢ならないことです。しかしシュナーベルはそこは気にならないようですね。つねに大きな目で音楽を見ているということでしょう」

アルトゥール・シュナーベル

(*)アルトゥール・シュナーベル(一八八二―一九五一)は、オーストリアのピアニスト。レシェティツキに学び、助手も務めた。このレジンスカのインタビュー当時、シュナーベルはベルリン在住だった。

「曲の覚え方について言うと、私はピアノを使ってフレーズごとに覚えていきます(巡業中やピアノがないときは、楽譜を見てよく頭を働かせて覚えようとします)。とても難しい曲の場合、二、三小節の短いパッセージを選び、まず片手ごとに、それから両手一緒に弾きます。しかし普通は両手を使って完全に弾きます。六回ほど譜面を見ながら弾き、その後また六回ほど譜を見ないで繰り返すという感じでしょうか。翌日になると忘れているので、またやり直さないといけないのですが、普通は二度目には身に付いてくれます」

「私は自分で音楽を書くことが夢です。作曲家になりたいんです。この目的を見据え、私は自分が割ける時間はすべて作曲の勉強に使っています。自分が抱いている高い目標に見劣りしないものを、いつの日か生み出せたらいいと思っています」