23 アレクサンダー・ランバート

アレクサンダー・ランバート(一八六二―一九二九)は、ポーランド出身のピアニスト・教師。父に学び、十歳頃アントン・ルビンシテインの前で演奏。彼の推薦でウィーン音楽院でユリウス・エプシュタイン(マーラーの師)に学ぶ。その後にドイツ、ロシアをツアーした。ヴァイオリニストのヨアヒムやサラサーテとも共演している。モシュコフスキの推薦でワイマールで数ヶ月リストにも学ぶ。その後アメリカ各地でコンサート活動。のち教職に専念、ニューヨーク音楽大学の学長を十八年間務めた。交通事故で急死。葬儀ではヴァイオリニストのハイフェッツ、ピアニストのホフマンが二重奏を捧げた。なお、ランバート宛のマーラーの手紙が残る。パデレフスキもニューヨーク訪問の都度、ランバートを訪ねていたという。

アメリカの教師、ヨーロッパの教師

アレクサンダー・ランバートは、アメリカのピアノ教師のなかでも高い評価を得ている人物である。ピアノの教育・演奏では楽才が求められるが、彼は二十五年以上、楽才の標準を高く設定してきた人である。彼は四半世紀にわたり、この線に沿って徹底的かつ誠実に努力してきた。その奮闘の跡は、この国の生徒や教師――成長しつつある世代全体――のなかに刻印されているに違いない。間違いなく彼の努力はアメリカの芸術面での進歩・発展に役立っている。

このような高い目的を持つアメリカ生まれの教師が――お世辞にもお金にも動かされず、高い目標も見失わない教師が――私たちのなかに生きて仕事をしている意味は非常に大きい。ランバート氏に学びに集まる生徒たちは、しっかりと徹底的に学ぶ課程から逃げることはできない。音階練習は、望むと望まざるとにかかわらず、演奏家の日々の糧でなくてはならない。曲のことを考える以前に、望ましい状態の手・固定した指関節・柔軟な腕と体にすることが必要である。技術練習は曲の練習と連携をとりつつ、全課程で続けなくてはいけない。曲の演奏とは別のところで、技術それ自体を目的として取り組むくらいでなくてはいけない。芸術においては、テクニックが完璧ということはありえないためである。棚の上に置いたままの技術を、完全なものと呼べるはずがない。いつも準備万端に整えておかなくてはいけないのだ。

「100年前 ニューヨーク」の画像検索結果

「あなたは長年ニューヨークで教えていますが、その間、生徒の目的やピアノ教育の状況はだいぶ変わってきたとお感じではありませんか?」

私は最近、ランバート氏と話すなかでこう尋ねた。

「ええ、いくらか変化はありますね」

彼はそう答えた。

「と同時に私は、アメリカのピアノ教育の状況は奇妙だと言わざるを得ません。アメリカにも優れた教師はいます。どんな場合でも負けずに、生徒を立派なアーティストに育てることができる教師がいるのです。それなのに、アメリカで最高の教師についた生徒さえ、さらなる『仕上げ』のためにヨーロッパのアーティストに指導してもらいたがる。外国人からお墨付きをもらうまで満足しないのです。これは上級の奏者にも当てはまりますが、並の奏者に一層顕著です。並の奏者もまた、ヨーロッパ修行という『優れたアドバンテージ』――と彼らが呼ぶもの――を夢見ているのです。その奏者は何かを築く土台を欠いているかもしれない。音階すらまともに弾けないかもしれない。それでも外国に行かなければと考えるのです!」

「生徒たちはアメリカにいてもヨーロッパと同等の優れた教育を受けられると思うか、というご質問ですね。何の準備もなく答えるのは少々難しいです。私はヨーロッパのどの教師にもまさるとも劣らないほど有能な教師が、アメリカにもいると確信しています。アメリカの教師のほうが優れている場合もあります。例えばアメリカの教師は道徳的に見てヨーロッパの教師より優れています。繰り返しますが、道徳的にです。またアメリカの教師はヨーロッパの教師より徹底しているし、生徒により深い関心を持っていて、より多くのことをしてあげています。そういう教師は当然ながら、アメリカの生徒から深く尊敬されて感謝されるに値します」

「ところがどうでしょう。残念ながら教師はめったに生徒から感謝されるような経験をしていません。教師が生徒のためにすべてのことをやり尽くして、その生徒を十分に力を備えたアーティストにして育て上げた挙句、生徒はこう言うんです。『今度はヨーロッパに渡って、これこれという有名な巨匠にレッスンをつけてもらいます!』と。結果はどうでしょう。まったく芽が出なかったり、その後まったく話題にのぼらなかったりです。この一方で、私に学びに来る生徒のなかには、外国の巨匠たちに何年も学んできたのに欠点だらけの生徒もいます。矯正してあげるのに何年もかかりそうです。タッチが硬かったり、腕や体がこわばっていたり、ペダリングを間違っていたり、ピアノ演奏の根本原理について知識不足だったり、いろんな人が学びに来ています」

力のある音を出すのに苦労はいらない

「腕 フリー素材」の画像検索結果「力のある音を苦労なしに出すということを、生徒にどのように教えているかというご質問ですね? リラックスがすべての秘訣です。腕は実際とても重い(*)ものです。かなりの重量があります。だとしたら次のような原理に基づいて弾いて下さい。つまり腕の重みすべてをのせて、腕を鍵盤に落とすのです。そうすれば必要な力はすべて得られるのです。ただしそのとき、指を丸くしてしっかり固定しておかなくてはいけません。これがもう一つの秘訣です。指の関節、特に第一関節(*)が固定していなくてはいけません。この関節がぐらついていたら、力も輝きもありえないのは理にかなったことです」

(*)片腕で体重の六パーセント程度の重さといわれる。
(*)原文ではthe third jointだが、第一関節を指すこともあるので、そのつもりで語っていると思われる。

「私は手を弧状の姿勢にするよう教えています。また子供や初心者には、はっきりした指のアクションをするよう教えています。初期には指を持ち上げるのです。ただしあまり高く上げすぎないようにして下さい。教師の中には、アーティストが指のアクションを使っていないことを理由に、指のアクションを教えない人もいます。しかしそのアーティストも、質問されれば、初期には指のアクションを身につける必要があったと答えるでしょう。ピアノの演奏には数多くの段階があるのです。初心者は指を持ち上げなければいけません。指の発達と、良質かつ明瞭なタッチの獲得のためです。中級になると、指を十分コントロールできるようになっているので、少なめのアクションでも同じパッセージを――明瞭性を損なうこともなく――弾けます。上級になると、視認できる動きがほとんどないまま、同じパッセージを演奏できるようにもなるでしょう。このとき指は、心が要求することすべてに対して余すところなく反応するようになっているのです」

「難曲を弾いているのに音階を知らないような生徒が、ときどき学びに来ます。私は音階やアルペジオについての包括的な知識と、バッハに対する真剣な取り組みを強く求めています。バッハのピアノ曲はほとんどすべて使っています。たとえば二声や三声のインヴェンション。フランス組曲。イギリス組曲。平均律クラヴィーア曲集。リスト編のオルガンの前奏曲とフーガなどです」