16 エドウィン・ヒューズ

エドウィン・ヒューズ(一八八四―一九六五)は、アメリカのピアニスト・教師。ニューヨークでジョセフィに、ウィーンでレシェティツキに学ぶ。レシェティツキの助手を経て、ミュンヘンで身を立て、欧州各地で主要オーケストラと共演。帰国後は全米ツアーを敢行。ホワイトハウスでも演奏。南カリフォルニア大学などアメリカの各地の大学で教鞭をとる。シャーマー社でピアノ譜編集の主幹を務めたこともある。第二次世界大戦の頃は、国務省の諮問委員会や陸海軍合同福祉委員会などの委員として音楽面から国を支えた。ワシントン大学とニューヨーク大学から名誉博士号を贈られている。

ピアノ演奏にとって本質的なこと

音楽家にして思想家である人物が雑誌などに寄せた記事を、いつもためになると思いながら楽しんできた人がいるとしよう。その人が、書いた本人に実際に会って重要なポイントを論じる機会を、とくに旧世界の理想的な場所で持てるのは、興味深い経験である。私がエドウィン・ヒューズ氏を訪れたときに考えたのはそんなことだった。

アメリカ人であるヒューズ氏は、ヨーロッパのピアニストや教師のあいだで名声と地位を築いてきた。彼はウィーンのレシェティツキのもとで助手を務めながら学んだのち、ミュンヘンで身を立てた。ミュンヘンは、彼が音楽と芸術のほんとうの故郷だと感じている都市である。ヒューズ氏はこの都市の美しく芸術的な雰囲気のなかに暮らしながら仕事をしている。

彼は自分の時間を教育の時間とコンサートの時間にわけている。ピアニストとしてはドイツの主要都市で満足のゆく成功を収めているし、教師としても人気で、彼に教えを請うおうと生徒はメイン州からテキサス州までアメリカのほぼ全州から、そしてカナダからも集まっている。彼が特に満足を感じているのは、この一年、ここミュンヘンの音楽院から彼のもとに数多くの生徒が来ていることである。生徒たちは上達して喜んでいる。彼らが唯一残念に思っていることがあるとすれば、それは、もっとはやくこの先生に学びに来ていればよかったということだけである。

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レシェティツキ

レシェティツキのメソッドをそっくりそのまま使っているかという点に関して、ヒューズ氏は肯定的な証言をした。

「仮にあなたがレシェティツキその人に、『レシェティツキ・メソッド』について尋ねるとします。そのとき彼はおそらく笑って、自分にはメソッドなどないと言うか、あるいは、自分の『メソッド』は、『固定した指』と『しなやかな手首』の二つしかないと言うでしょう」

「この二つは、私が生徒の技術的訓練の基礎としている原理です。生徒にはまず弧状の手の姿勢を確立させる。それから指がしっかり保たれているか、指の付け根の関節がしっかり保たれているかを、タップして確かめる。最初、関節(特に第一関節)は、鉛筆でタップすると沈んで行きがちです。しかし生徒に自宅でタッピングのプロセスを続けさせると、意識的に指をしっかりと保つ感覚を身につけてくれます。そうなるまでにそれほど時間はかかりません」

「このエクササイズと並行して、手首のエクササイズを始めることが非常に大事です。そうしないと、固定した指を身につける努力が原因で、手首が固く扱いにくいものになるかもしれません。手首のエクササイズとは、手首の関節を上下させることです。その際、最初は手と腕を指一本で支えます(支える指は順に変えていきます)。それから支える指を二本、三本、四本、五本と増やしていきます。手首は、力に反発できないほど弱くてはいけません。手首は優れた鉄のバネのようであるべきです。音質が要求するさまざまな程度の反発や吸収が可能なバネです。私はそれを『バネの手首』と呼んでいます」

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「指を高く持ち上げるアクションは、ほとんどのピアノ教師が思っているほどには、初心者にとって必要なものではありません。ピアノでは、指を高く持ち上げるよう生徒に教えるのは、レガートのタッチを生徒に習得させるよりずっと簡単です。レガートは、指を上げずキーに近づけたまま弾くことによってのみ可能なものです。高い指のアクションで何年も訓練してきた生徒に、完全なレガートを弾かせるのは難しいことです。高い指のアクションは、より難しいレガートのタッチをマスターした後、ノンレガートやスタッカートをやるときに始めればよいのです」

音を作り出す

「ピアノ教師は、音を作り出すというテーマをはなはだ蔑ろにしています。音を出すという観点から言えば、ピアノは他の楽器とはまったく違ったものです(オルガンはいくらか似たところがありますが)。ヴァイオリンやチェロ、あるいはフルートを始めたばかりの子は、各楽器で音楽的な音を出せるようになるまである程度の時間、練習しなくてはいけません。ヴァイオリンの初心者が真ん中のドをまずまず立派に弾けるようになるまで、どれほどの努力が必要か考えてみてください」

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「しかしピアノでは、まったく音楽と関係なく生きている人でも、何の困難もなく真ん中のドを弾くことができます。ピアノでは音を出すことがこんなにも簡単なため、どういう種類の音を作り出すかということに不注意になってしまう。このため他の誰よりもピアノ教師たちは、『どうすれば生徒は自分が出している音に耳を傾けてくれるのだろうか』と不平を言うのです。生徒には音をよく聴くということを教えないといけない。これは音を作り出すことに関する特別な課程で行います。初歩の技術的エクササイズと連携させるとよいでしょう。音をよく聴くことを教えられないままでは、生徒は、譜面台に楽譜を載せて正しくキーを弾くだけで、音楽を奏でていると思い込んでしまいます」

「聴衆の大部分を『だます』ことがこれほど簡単な楽器は他にはありません。ピアノはそういう性格のもので、一般の聴衆は音量が出ていれば素晴らしい音楽だと考えますから。かなり名声のあるピアニストがリサイタルで、聴衆の鑑賞力不足につけこむこともしばしばです。他の楽器の聴衆以上にピアノの聴衆は、演奏の音楽的価値について、不思議なほど正しい判断ができないようです」

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「ヨーロッパの音楽の中心都市では毎年何百ものピアノリサイタルが開かれていますが、そのなかで本当に音楽的に意義のあるリサイタルはあまり多くはありません。知らない外国語を意味もわからずに機械的に話しているといったふうな演奏が繰り返されるばかりです。私がイタリア語で詩を繰り返し読み上げるようなものです。発音は似せられるかもしれませんが、私にはその意味はほとんどわからない。これでは自分のことを他の人に理解してもらうことなど到底できません」

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ピアノ演奏におけるリズム

「リズムは最も重要なテーマです。もっと注意を向けてほしいものです。レシェティツキはかつて、『ピアノを独奏楽器として存続させることができるのは、音とリズムだけである』と言いました。私に学びに来る生徒のなかにはこの二つを欠いている人が非常に多いので、私は耳の訓練のクラスとリズムのクラスを編成しました」

「生まれつきリズム感のない生徒にとって、メトロノームを使った練習にまさるものはありません。効果がはっきりと現れるまで毎日この拷問の道具を使うのです。効果が出ればもちろん、よく考えながらメトロノームの使用を減らしていく必要があります。機械的な意味でのリズム――つまり一つの小節で三拍、四拍をカウントできる能力、および、曲のなかの音符を正しくグループ化することができる能力――は、忍耐があればどの生徒でも身につけることができます。しかしショパンのマズルカやウィーンワルツが求めている繊細なリズムの陰影を出すためには、生徒に特別なリズムの才能が備わっていなければいけません」

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「レシェティツキは技術について、生徒にほとんど何も言わなかった。私は彼のもとにいる期間を通じて、技術について一ダースの言葉ももらった覚えがありません。当然ですが、彼の関心はすべて解釈にあったのです。技術は手段としてのみ考えられていて、決して目的としては考えられていませんでした」

「レシェティツキは生徒に語らせたり質問させたりするのが好きでした。ともかくじっと座ったままではなく何か言いなさい、というわけです。『私の言いたいことや話している内容を君が理解しているかどうか、君が何も言わないとわからないじゃないか』と言うんです。生徒は最初緊張して黙っているかもしれませんが、何が求められているのか、賢い生徒ならすぐに悟るでしょう。レシェティツキは時々こう言うんです。『神が十戒を作ったとき、十一番目の戒律を省略したんだ。その戒律とは≪馬鹿ではならない≫だ!』。あまり飲み込みが早くない生徒は、この巨匠のもとではつらい日々を送ることになるでしょう」

「テクニックに関する上級クラスでは、私はジョセフィ(*)の『上級ピアノ演奏講座(School of Advanced Piano Playing)(*)』を使っています。この教本は、ピアノに関して考えられる最高のテクニックの発展へと導いてくれます。私はこの教本を、ピアノテクニックに関する最後の決定的な一冊だと見ています。驚異的な工夫が込められた何百ものエクササイズが案出されています。著者の音楽的才能はどのページにおいても際立っています。この本は無味乾燥な技術教本シリーズではなく、ピアノ楽曲に見出される重要な技術的問題のすべてと決定的な関連を有するものです」

ラファエル・ジョセフィ

(*)ラファエル・ジョセフィ(一八五二―一九一五)は、ハンガリーのピアニスト・作曲家・教師。ヘラー、モシェレス、タウジヒやリストに学び、のちアメリカ移住。一八九一年、シカゴ交響楽団(当時はシカゴ管弦楽団)の創立コンサートでソリストを務めた。晩年は教育に専念。
(*)一九〇二年出版。現在でも入手可能。

「ピアノを教えるにあたって、二台目のピアノを置いておくことは絶対に必要だと思います。ピアノの演奏においては言葉で表現できないことが数多くあり、教師は絶えず実例を示さなくてはいけません。たとえばショパンのノクターンの解釈を、言葉だけでどうやって教えることができるでしょうか。「ここでは大きく。そこではソフトに」などと言うことはできますが、そのような指示では曲の芸術的観念にまでは手が届かないでしょう。メロディのうねりや、回音の音やリズムのニュアンス他、実例による以外では示せないことはいくらでもあるのです。生徒は教師を模倣することによって、早く、そして確実に学び、やがて個性の翼が伸び始める地点に至るのです」

曲を覚えることについて

「『覚える』ということは説明のつかない心理的プロセスです。これについては、誰にでも当てはまるような規則を定めることはできません。私の場合は、楽譜を心のなかで再生し、各音符の鍵盤上での位置を理解していきます。実際の演奏では、多くのことを指の記憶に任せないといけない。とはいえ演奏者は指にだけでなく、心のなかにも音符を実際に持っていなければいけません。私はコンサートの前、すべてのプログラムを心のなかで再確認します。これは、各都市を移動している時の練習方法として優れていると思います。生徒にはこう言っているんです。『曲を覚えるのにはいろんな方法を試さなければいけない。普遍的なやり方はない。それぞれが試行錯誤して、どの方法が一番しっくりくるかを見定めなければいけないのだ』と」

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「曲を覚えるときに、何に最も頼っているのかはピアニストによってさまざまです。楽譜の映像的な記憶に頼る人もいれば、鍵盤上での音符の映像的な記憶に頼る人もいます。さらに耳での記憶や、和声進行の記憶に頼る人もいます。生徒にはこれら様々なやり方に慣れてもらうのがよいと私は考えています。そうすれば生徒は、どの方法が自分に一番役立つかわかっていくでしょう」

「腕や手が弱い生徒には、朝と夜に簡単な体操をすることを勧めています。体の強さは華やかな技術のためには不可欠です。大きなことを達成して成功したいなら体が強くなくてはいけません」

テクニックの維持

「テクニックを維持するには、絶えずそれを練習するしかありません。テクニックは演奏における機械的な部分です。それを常に良い状態に保っておくために――機関士が機関車をいじり運転手が自動車をいじるのと同じように――常にメンテナンスしておく必要があります。賢い生徒なら誰でも、演奏の機械的側面の維持のために特に重要なエクササイズは何かということが、テクニックの練習を積んでいるうちにわかっていきますし、それにもとづいて技術練習の日課を立てられるでしょう」

「同じ時期に数多くのレパートリーを準備万端に整えておくためには、週単位で練習計画を立てる必要があります。そうすれば各曲を頻繁に繰り返し練習できます。レパートリーに加わったばかりの曲については、練習の頻度を高めます。逆にずっと前から演奏している曲はときどき磨き直すくらいでよいかもしれません。公開演奏か内輪での演奏かを問わず、ピアニストには人前で頻繁に演奏することを何よりもお勧めします。レパートリーを維持したり、芸術的に成長したりするのに最高に励みになりますからね」

アメリカの状況vsヨーロッパの状況

「アメリカには、ほとんど才能がないのに音楽で身を立てようと目論んで学んでいる人がたくさんいます。一方、音楽や音楽づくりに溢れているヨーロッパでは、音楽を一生の仕事にしようと考えるのは平均以上の才能がある人だけです。アメリカは音楽的な観点から言えばまだ発展途上です。多くの成果は出ているにしても、まだまだ道半ばです。ふつうの能力の生徒が、『音楽の勉強は易しくておもしろい』と感じられるようにすることが、アメリカの音楽教師に期待されている仕事です。アメリカの子供たち向けの優れたピアノ学習メソッドや音楽学習メソッド――ヨーロッパでは類を見ないほど優れたメソッド――が現れてきたのは、まさにこのような状況によっています」