15 トゥエル・バーナム

トゥエル・バーナム(生没年不詳)は、ロシア出身のアメリカ人ピアニスト・教師。当時のある新聞記事では、「批評家によってハロルド・バウアー、オシップ・ガブリロヴィッチと並び称されているピアニスト」として書かれている。アンナ・デ・ブレモントという、多くをイギリスで暮らしたアメリカの詩人は、バーナムのイギリス公演に感動し、『詩で書いたラブレター(Love letters in verse)』という短い詩集をバーナムに捧げている(一九一四年出版)。

メロディの手、コロラトゥーラの手

トゥエル・バーナムは、パリ音楽界における著名なピアニスト・教師である。長年パリを拠点に活動しているアメリカ人のバーナム氏は、大西洋の両岸で巨匠たちに学んできた。これにとどまらず彼は音楽の思想家であり、他の方法論のなかで最も優れていると判断したものと、自らの経験から見出したものとを融合させて、独自の方法論を編み出した人である。彼は無駄な練習に時間を費やさないですむよう、技術的素材の全構造を簡略化することに成功している。

バーナム氏は一流のピアニストであり、彼にとって技術的な困難は存在しない。彼はピアノの道を極める最後の曲がり角に来ていて、あとは眼前にそびえ立つ精神性の高みを極めるだけだ。タッチは澄んでいて明瞭である。音にさまざまな濃淡をつけることができる。フォルテシモは非常に力強い。繊細さ、速さ、多様性、どれも彼にはお手の物である。これらに加えて、彼は作曲家の気持ちや意図を共感的に汲み取る力がある。

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マクダウエル

彼は最近、いくらかプライベートな性格のリサイタルをいくつか開催し、そこで自身のレパートリーのうち比較的大きめの作品を演奏している。リサイタルは彼の所有する立派なスタジオで行われた。ピアノ協奏曲二曲――マクダウエルのニ短調(*)とグリーグのイ短調――の演奏があったときに参加できたのは実に運が良かった。バーナム氏は、我らが偉大なアメリカ人作曲家の作品を熱心に崇めている人であり、マクダウェルの楽曲についてはまるまる一揃えの用意がある(悲劇的ソナタ(*)、ポロネーズ他、小品多数)。

(*)ピアノ協奏曲第二番ニ短調(作品二三)
(*)ピアノソナタ第一番ト短調『悲劇的ソナタ』(作品四五)

ピアノの教え方についてバーナム氏と話していると参考になる点が多かった。彼はいくつかの単純な原理にもとづいたエクササイズで、技術的な困難を最小限にまで引き下げたとし、それを具体的に説明してくれた。

タッチの原理

「手をどのような姿勢・状態にするかは、楽曲の性格や出したい音によって異なります。メロディを弾くときには豊かで甘美な音が欲しい。この場合、体をリラックスさせたまま、腕の重みをキーにのせます。指をキーにつけたままにして優しく圧をかけて下さい。これは指をまっすぐ伸ばした『メロディの手』ですね。一方、速いパッセージのときは、明瞭で明るくて区切りのはっきりしたタッチになりますが、この場合、手は弧状にしてしっかりと立たせます。通常の演奏での構えです。指はよく丸めて適度なアクションを利かせます。これは『技術の手』あるいは『コロラトゥーラ(*)の手』です」

(*)コロラトゥーラは、声楽における技巧的で華やかなメロディのこと。

メロディの手

「メロディの手は重く、言わば『死んで』います。指をまっすぐにしてこのタッチを作ります。キーに接するのは指の腹です。腕・手・指のすべてを、できるだけ緩めてリラックスさせます。鍵盤を愛しているかのように、それが自分の一部であるかのように、キーを優しく扱うのです。ベルベットや綿毛など柔らかいものを扱うかのように、指でキーをしっかりつかえまえておいてください。いつも圧をかけながらそうするのです」

「綿毛 無料素材」の画像検索結果

私はこの説明でキティ・チータム(*)の話を思い出した。ペットの子猫をかわいがっている、チータムの娘の話である。娘は、母親と子猫のどちらが好きかと訊かれたとき、ややためらいながらも「もちろんお母さんよ」と答えた。そのうえでこう続けた。「でも子猫も好き。毛がふわふわしているもの!」

(*)キティ・チータム(一八六四―一九四六)は、アメリカの歌手。主に少年少女のために歌った。イギリスに黒人音楽を紹介したことでも名を残す。

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メンデルスゾーン

「生徒にメロディのタッチを身につけてもらうにあたっては、一番単純なエクササイズをやらせています。単音だけで練習してもらうこともあります。メロディのタッチの考え方が理解できた生徒には、メンデルスゾーン≪無言歌≫などの叙情的な曲で練習してもらっています」

「メロディの演奏には三つのタッチがあります。まずダウンタッチ。腕と手を下げて弾きます。つぎにアップタッチ。指をキーに置いたまま手首を持ち上げて弾きます。三つ目は拭き取るようなタッチ。腕と手の動作によって、キーから指をひきはなします」

技術の手

「技術の手が用いるのは、指のタッチと指のアクションです。手はいわば軍隊の構え。つまり指の動作は速くてキビキビとしていて、しかも正確なのです。手は生きているのであり、メロディの手の場合のように死んで重くはありません。両奏法の根本的な性格は正反対ですが、両者を組み合わせた弾き方に微調整することはいくらでもできます」

「技術のタッチ――コロラトゥーラのタッチ――では、手は弧の姿勢にし、五指を丸く曲げます。各指先はキーの上に乗せて、すべて丸くしておきます。指を持ち上げるとき、自然の勢いとして指はより丸まった姿勢を帯びます。そのあと指をキーに戻すのですが、そのとき――指先を落とすべきポイントを示した見えない目印が、五つのキー上に記されているかのように――指を上げる前と同じ地点に指を落とします。指をむらなく滑らかに持ち上げて、ふたたびキーに落とすのです。指を打ち付けてはいけません」

「私はコロラトゥーラのタッチとメロディのタッチをはっきり区別して考えています。コロラトゥーラのタッチは、速くてきらびやかなパッセージで使います(きらびやかと言いましたが『冷たい』以外なら何でもかまいませんね。はじけるような、輝くような、虹のような、などでしょうか)」

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「先にも述べましたがコロラトゥーラのタッチでは、弧状の手と、指を持ち上げるアクションを用います。メロディのタッチは心から出て来るもので、暖かさと感情を表しています。それからコロラトゥーラのタッチに関しては、和音・音階・アルペジオにおいてアップダウンの腕の動作があります。私は通常、学びに来る生徒には、長年アシスタント務めているマドレーヌ・プロッサー嬢から短期間、予備的な指導を受けてもらいます。彼女なら今述べたような線で徹底的に鍛えてくれます」

原理を自分のものにする

「私に学びに来る生徒の多くは最初、タッチについて明確な観念を持っていません。タッチを通じて表現できることについて、はっきりした考えがないのです。彼らはパッセージの意味を十分に感じ取れれば、それにふさわしいタッチが使えると思っています。ときには、どんな効果が欲しいかを思いあたることもあるでしょう。しかしその効果を出すにはどう弾けばよいのかがわかっていないし、その効果を別の機会に自在に繰り返すこともできないのです。私たちは各タッチを支配している原理を徹底的に学んで、それを自分のものにすることができる。その結果、パッセージを見るとすぐに、それを表現するのにどのタッチを使えばよいかわかるようになる。私はそう信じています」 

「このことは優れた役者の演技を見てみればわかることです。役者は自分の台詞に込められた気持ちを表現するために、自分の体と顔立ちをどう使えばよいかわかっています。パリのテアトル・フランセに行ってごらんなさい。一座のどの役者も、自分の台詞にふさわしい演技を、訓練ですっかり身につけていますから。何か特定の感情を表わす必要がある時はいつでも、自然とそれに見合った表情になる。どの役者もそれくらい表現をよく勉強していますね。ピアニストもこれと同じです。ピアニストは指先に様々なタッチを身につけておくべきです。それを超えた段階に自己表現があるのですが、私が述べたような準備が整っていれば自己表現は難しくはない。自然にできることです」

ピサロ パリのテアトル・フランセ広場、雨

テアトル・フランセ広場(ピサロ画)

曲の覚え方

「曲を覚えるというテーマについてはよく訊かれます。生徒のなかには、回数を十分にこなせばその曲を理解できると考える者もいますが、これではどの回にも譜を覚えられないという問題が残ります。そういう演奏者はピアノとは別のところで、曲のすべての音符を知る必要があります。またそれを空で言えなければなりません。私の生徒のなかには、ピアノから離れて譜を覚えることができる子もいて、そういう生徒は練習では一度も実際に弾いていないのに、いきなり私の前で演奏してみせることができます」

「私は生徒に曲を徹底的に覚えるよう求めます。小節やフレーズで止めて指導したあと、ずっと前や最初に戻ってやり直すのではなく、その部分からやり直すことができるほどに、曲を覚えてもらいたい。しかし場合によっては、生徒は曲を覚えるのに自分なりのやり方を持っていることがあります。それでうまくいってるのなら、あえてそれを変えさせるような真似はしません」

フリーイラスト 海の波と楽譜の背景

オクターブの練習

「オクターブの練習では、手を『オクターブの渋面』つまり弧状にします。使っていない指は軽く曲げておきます。スタッカートのタッチではもちろん手首を軽くしておきます。十六分音符の一拍から始めてください。『拭き取る』タッチで終わらせます。そして拍を増していく。かならず今述べたのと同じタッチでパッセージを終えます」

「このエクササイズは鍵盤全体を使って全調でできます。半音階的にもできます。オクターブではなく四和音のときも同じようなエクササイズができます。このようなエクササイズを一度に二十分も続けることができれば、楽曲中のオクターブパッセージなど、ピアニストにとって恐れるに足りないものとなります。こうなったら、たとえばショパンのポロネーズ作品五三(*)のオクターブをやるにあたって、学ぶ必要があるのは譜面だけです。そしてそれはピアノとは別のところでできることですね。くたびれるパッセージ練習の必要はありません」

(*)いわゆる英雄ポロネーズ。

レパートリーの維持

「自分のレパートリーを忘れないでおくためには、昔やった曲を週に一度見直すように計画しておくとよいでしょう。レパートリーをうまく分類してください。たとえば週のはじめにショパンの見直し。まずレパートリーの全曲を演奏し直し、それから苦手な箇所を選んで練習してください。火曜日にはシューマンを選んで同様な復習を。つぎにリスト。さらにロシアの音楽。現代の作曲家。コンチェルト。室内楽。このように系統的にやればレパートリーはすべて維持できます」

練習内容

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バッハ

「私は午前を練習に、午後を教育活動に使っています。練習時間のうち少なくとも一時間は音階・アルペジオ・オクターブ・和音といった技術、そしてバッハ(!)に費やします。私が良いと思っている練習方法は、たとえば二声のインベンションなど、バッハのまとまった曲集を完全なものに仕上げる――あらゆる調に移調して、どの調でもできるだけ立派な演奏にまで磨いていく――というやり方です(この練習では変ロ長調のインベンション(*)が役に立ちます)。エチュードでも同じことが言えます。数多くのエチュードを適当にやるより、少数のエチュードを仕上げ、最高の完成度にまで高めていくほうがよいと思いませんか?」

(*)二声のインヴェンション第十四番変ロ長調(BWV785)

「どこにいるときでもそうなのですが、私は何につけても――と言ってもとりわけ絵画では―――色にとても敏感です。音楽は色を表現しているはずです。作品はそれぞれ何らかの色を体現しているように思います。あなたが示唆したように、赤はショパン偉大なポロネーズ(作品五三)のモチーフに違いありません」

バーナム氏は当然、母国アメリカでのコンサートの成功を強く望んでいるはずである。その素晴らしいタッチと音色、誠実で音楽的なスタイル、そして気さくで優しい性格をもってすれば、バーナム氏はどこでも仲間ができるだろうし、彼のピアノのファンもできるだろう。