11 マーク・ハンブルグ

マーク・ハンブルグ(一八七九―一九六〇)は、ロシア出身のイギリスのピアニスト。モスクワ音楽院教授の父を始めとする音楽一家に育つ。一家は帝政ロシアからイギリスに亡命している。パデレフスキの推薦で少年の頃にロンドンでデビューし、バーナード・ショーなどのいる芸術家サークルとも交わる。その後パデレフスキの資金援助のもと、ウィーンのレシェティツキに三年学ぶ。それからはヨーロッパ各国、アメリカ、オーストラリア、南アフリカなど世界中をツアーするピアニストとなり、長いあいだ名声を保った。なお一九一五年にドイツに雷撃されて千二百人近い死者を出した客船ルシタニア号の乗客だったが無事生還している。

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フォーム・テクニック・表現

ロンドンの最も閑静で人里離れた地区のひとつに、ロシアのピアニスト、マーク・ハンブルグ邸がある。ハンブルグ氏は「遥か群衆を離れて(*)」丘の上に住んでいる。単なるやじ馬を遠ざけておくのに十分なくらいアクセスが難しいところだ。「テラス」とか「ガーデン」などと通例呼ばれている、この地区の小路や通りの枯れた味わいは、実際に体験しなくてはほとんど想像もできないだろう。この丘からは落ち着いた緑の公園を見晴らせる。そこには木々が生い茂り、日光を浴びた芝の上で長い影を作っている。

百年以上前に建てられた彼の自宅は広くて快適だ。各部屋は広々としている。客間と書斎が隣り合って素晴らしい音楽サロンとなっている。途方もない価値のある芸術的な絵画やオブジェがあちこちに見られる。見事な色調の広くて静かな環境である。アーティストにとって、このような環境は練習にも演奏にも理想的な場所であることは間違いない。ハンブルク氏が部屋に入ってきた時、私はこのような感想を彼に伝えた。それから私たちはすぐに、教師とピアニストにとっての必要条件を語り始めた。

(*)トマス・ハーディーの四作目の小説のタイトル。

「あなたのおっしゃるとおりです」

ハンブルグ氏はそう言った。

「何より難しいのはピアノの入門期の指導だと私も思います。ここは教師の責任が大きいところですね。しかし多くの教師はうまく教えることができません。おそらくは声楽教師よりもピアノ教師の方が、ダメな人は多いでしょう。発声器官はイメージできても目で見ることはできないので、声楽教師のほうがいくらかは言い訳が効きます。しかしピアノの場合、鍵盤も指も目にはっきり見えている。ですから本来、ピアノを賢く正しく学ぶことがそんなに難しいはずがありません。なのに教師の大半が正しい原理を把握していないように思われます。原理をどのようにして伝えたらよいかもわかっていないようです」

私はこう尋ねた。

「私はロンドンで数多くの若手ピアニストの演奏を聴きましたが、その誰もが指のアクションをほとんど使わずに演奏していました。指を鍵盤に近づけて弾いていたのです。ハンブルクさんはこのような弾き方を推奨していますか?」

低い手の姿勢

「何世紀にもわたってイギリスがオルガン奏者の国であり続けてきたということを忘れてはいけません。オルガン演奏がピアノのタッチに何らかの影響を与えてきたことは疑いようもありません。指を鍵盤の上に高く持ち上げるように教える楽派もあります。これは大きな力を生むことを目指したものですね。しかし私が思うに、このようにして生み出された音は、幾分きつくて耳心地が悪いこともしばしばです。それに、高く持ち上げることは滑らかに速く弾きたい場合に邪魔になります。私としては鍵盤に指を近づけたままにしてキーを押すことを推奨します。こうすればより暖かく、より柔軟な音質になります」

私はさらに訊いた。

「手の姿勢について一つ伺いたいのですが。教師のなかには、指先を鍵盤の縁に近づけておくように教える人もいます。指をまっすぐ一列に並べさせるということです。無理矢理で不自然な感じがするのですが、これについてどう思われますか?(*)」

(*)当時、本書でしばしば登場する名教師レシェティツキ(一八三〇―一九一五)が、指をこのようにするよう教えているという説があり、著者の質問はそれを踏まえている。これに関して、レシェティツキに直接学んだキャサリン・グッドソンとエレノア・スペンサー(いずれも本書の他章の人物)は、そういう教えはなかったと証言している。

ハンブルグ氏は微笑んで同意を示し、次のように答えた。

「無理強いされたものや不自然なものは、何であれ私は推奨しません。美しいタッチは『生得的なものであり、作られたものでない』と考える人が非常に多いですが、私は彼らに同意できません。私は、正しく学べば美しいピアノのタッチを習得できると確信しています。まずもって必要な要件は、緩めた手首です。基本的すぎることに思われますが、これは十分に考えられていないうえ、理解もされていない点です。曲の含蓄を演奏者がどれほどたくさん感じていようとも、硬い手首と腕ではそれを表現することができません。生まれつき柔軟性を持っている人もいますし、このような人にとっては、音楽的な音色を確保するのは他の人より難しくないでしょう。しかし私は、時間・忍耐力・思考力をもってすれば、すべての人がこの目標に到着できるということを信じて疑いません」

練習量

「練習について言えば、ピアニストになりたいからと言って練習しすぎるのは賢いとは思いません。集中した練習を毎日四時間やれば十分でしょう。大事なのはもちろん練習の質です。『習うより慣れろ』という格言がありますが、これはただひたすら繰り返しなさいということではなく、いつも頭を働かせなさい、音をよく聴きなさいということです。私は生徒に、パッセージを何度か弾いた後に一旦中断するよう指導しています。中断して、譜が何を意味しているのかをよく考えるようにと言うのです。この中断によって耳と手を休ませることができ、わずかな時間で気持ちを新たにして練習を再開できます」

「私は技術というテーマについて書くよう、かなり頻繁に求められていて、何度か記事に書いています。これは小冊子になっていますので、お読みになれば私が技術についてどう考えているかわかるでしょう。私は自分ではほとんど教えることはありません。教えるのは、才能のある少数の生徒くらいです。彼らはきっと普通のレベルを超えた桁外れの逸材です。ご存知のように、私はロンドンでずっと生活しているわけではありません。ここには年に四ヶ月ほどしかいなくて、残りは世界中を旅して過ごしています。私がまとまった仕事ができるのは、一年のうちロンドンにいる短い間だけです。大体においてここは十分静かです。しかしそう遠くないところに動物園があって、ときどき私のピアノへの伴奏とばかりに、ライオンの咆哮が聴こえて来るんですよ」

「人は古いもののほうを好み、あまり新しいものが好きではないことはわかっているんですけど、私はいつも自分のレパートリーを増やすようにしています。聴衆は、聴くように強いられれば新しいものに耳を傾けもしますが、耳なじみのものが色々とプログラムにない限りリサイタルに行こうとはしません」

「私は何度もアメリカでツアーをしてきています。都市から都市への移動の連続はくたびれるものでしたが、あなたたちアメリカ人の目は肥えていると私は感じています。アメリカ人は最高のものを求めています。アメリカでコンサートを開くにはとてもお金がかかるので、興行主は最高クラスのアーティストしか雇う余裕がありません。ロンドンの場合、たとえばリサイタルを開くのに二百ドルぐらいしか経費がかからない。ほとんど誰でもその金を掻き集めることができ、聴衆の前に立つことができる。しかしアメリカでは経費はその四倍か五倍になります。非常に優秀なアーティストでしかこのリスクをとることができないのは、何の不思議もありません」

別れ際に、私たちはハンブルグ氏に連れられて別室に向かった。そこで古いイタリア派の非常に価値のある絵画――ハンブルグ氏のお気に入りのギルランダイオ(*)の作品――を見せてもらった。氏はご満悦の様子だった。

(*)ドメニコ・ギルランダイオ(一四四九―一四九四)は、ルネサンス期のイタリアの画家。ミケランジェロの最初の師でもある。