24 ファニー・ブルームフィールド・ツァイスラー

ファニー・ブルームフィールド=ツァイスラー(一八六三―一九二七)は、オーストリア出身のピアニスト。その幼少期に一家はシカゴに移住。知的な家庭環境の中、少女期にピアノを学び、十一歳でデビュー。彼女の演奏を聴いたアンナ・エシポワのアドバイスに従って、オーストリアに帰ってレシェティツキに師事した。五年の研鑽を経てアメリカに戻り、以降、優秀な女性ピアニストとして欧米各地で大々的な成功を収め、当時の名女優になぞらえて「ピアノのサラ・ベルナール」などともてはやされた。著名な言語学者レナード・ブルームフィールドは甥にあたる。

ピアノ技術のスコープ

ブルームフィールド・ツァイスラー夫人は毎年公演を行っているピアニストである。聴衆はその演奏を聴くごとに、彼女の経験が深化しているのを感じ取る。人間性への洞察を深め、芸術と人生についてより広く把握できるようになっている、と。いつまでも真実を追い求めて、誠心誠意それを表現をしようとするメンタリティは、絶えず成長しているに違いない。彼女が今のような高みに達しているのはその結果である。

ツァイスラー夫人は決して夢見るピアニストでもなければ、芸術の空想家でもない。彼女はひたすら実際的な音楽である。演奏だけでなく解説もできる。弾くことができるのと同様、語ることもできる。このアーティストは豊富な経験から語り、この上ない誠実さと信念によって語り、演奏する時のような威厳と熱意をもって語った。5番 5 五 5位 5等 五等 五位 思いつく 助ける 発見 女性 五個 五つ 爪 5個 5つ アイデア 正解 解決 天才 勉強 セミナー 光 ピンポン 仕事 アップ 思いつき 閃き ジェスチャー ひらめき 切り取り 切り抜き 背景白 男性 指のカウントダウン 注意 危ない 危険 ストップ ヒント ポイント メリット 利点 要点 考える 思考 間違い ビジネス コンサルト ビジネスマン 問題 びっくり 感嘆符 プレゼンテーション 営業 サラリーマン 課題 広告 ゆび 指 人差し指 人間 人 手 パー

「私はまず生徒の手が正しい姿勢かどうかを確認します。手首は中指の第二関節と同じくらいの高さにするのが適切だと説明します。このとき指はきちんと丸くします。そうすれば指関節は幾分持ち上げられます。実際のところ指関節は、手のそれ以外の部分が適切なら自然によい具合に収まります。二つの事が極めて重要です。つまり指の関節をしっかり固定すること、そして、手首を緩くしておくことです。これは最初から生徒にしつこく言い聞かせる必要があります。私は自分の演奏では、特定の効果を生み出したい場合、手首を固定させておくことがあります。しかし私は、指を弱々しく曲げたままで演奏する姿を、人に見せたことは断じてありません」

技術が含み持つもの

「ピアノの技術にはたくさんのことが含まれています。算術、文法、語法、言語学、詩、歴史、絵画!――あらゆるものがそこに入ってきます。どんな勉強でもそうですが、初歩においては学ぶべきルールがあります。学校では文法や算術の規則を学びますが、音楽の演奏にも同様の規則があります。詩節の韻律を調べるには、作詩法の規則を知る必要があります。これと同じように、音楽のフレーズを見分けるには、リズムや拍子の規則を知る必要があります。割り算や分数の段階をとっくに終えているのに、楽譜にでてくるいろんな音符(あるいは音符のまとまり)の音価を見定められない生徒もいます。三連符や付点音符などでどう弾けばいいかわからない。というわけで『ただの技術』がたくさんのことを含んでいることがおわかりでしょう。それはとても広いテーマなのです」

生徒によって問題点はさまざま

「手と体の物理的形態の問題。知性の問題。才能の問題。各生徒がそれぞれの問題を抱えています。一番才能のある生徒が、必ずし一番素晴らしい生徒になるとは限りません。才能のある生徒は確かに作曲家の考えを理解するのが早く、二、三日で難曲をものにすることもあります。そして表面的な聴き手をごまかすような派手な効果で、ピアノを打ち鳴らしたりします。しかしこういう生徒は、楽曲の美しいところを練習したがりません。芸術的に曲を弾けるように磨きをかける気持ちがないのです」

「反抗 無料素材」の画像検索結果

「また技術上、基礎的なことに取り組みたがらないし、徹底した基礎訓練を真面目にやりたがりません。基礎はやったほうがいいと言うと、反抗してきます。後戻りさせられていると感じるのでしょう。もっと表面的な教師に学びたいという考えの生徒もたまにいます。こんなことでは成長できず、どこにも到達できません。才能だけでなく忍耐力もあればすごいアーティストになる可能性を秘めているのですが。私は高い才能のある生徒よりも、頭が良くて熱心で真面目な生徒を教えたいですね。言うことをよく聞き、練習を厭わない生徒を教えたい。才能があってなおかつ真面目な生徒は稀です。もしそういう生徒がいたら、適切な訓練をしてあげれば、驚くべきピアニストとして大成するでしょう」

和声学の勉強

「教師はどうしても生徒に和声学を学ばせなくてはいけません。生徒は調性・和音・進行について、実際に役立つ知識を備えておくべきです。管弦楽法や作曲は学ぶ必要はないでしょう。しかし楽曲を成り立たせているものの基礎と構造を知っておく必要はあります。私は生徒が音階上の様々な和音に慣れて和音の分析方法を覚えるまで、ペダリングの規則を教えません。生徒側にこういう知識がないままでは、ペダルの使い方のことを話しても全然わかってもらえないでしょう。私に学びに来る前に、まずこういう知識を学んできてほしいですね」

規則に従うこと

「教師には経験が大きく物を言いますが、それはピアニストに一層当てはまります。初心者は規則にすっかり習熟するまでは、規則に従う必要があります。偉大なアーティストは、例えばオクターブのときに使わない指を折りたたむなど、一見普通でない手の姿勢で弾くことがあります。しかしだからといって初心者がそれを真似してよいと考えてはいけません。風変わりな弾き方を試みる前に、あたりまえの安全な弾き方を学ぶ必要があります。未経験の生徒にとって風変わりに見える弾き方も、熟練のアーティストにとっては何らかの効果を生じさせる手段として非常に合理的なのかもしれません。そのようなアーティストは幅広い経験や研究から自分が求めている効果をわかっていて、その効果の生み出し方も知っているのです」

「アーティストは生徒がしないほうがよいことを、たくさんしています。その人は自分の手ができることを知り尽くしているのです。その技術はある意味ではその人独自のものであり、経験の浅い学習者が真似してよいものではありません。私が特定の効果や音色を出すために、手首を高くして和音のパッセージを弾くとします。すると浅はかな生徒は、私にとって高い手首で弾くのは習慣的なことだと間違って考えてしまうことがあります。このため私は、一回きりのレッスンも、一曲だけの指導もしません。楽曲の解釈のことなら、リサイタルに足を運ぶとよいでしょう。どのような解釈で演奏されているか把握できる人には参考になります」

解釈について

icon_hitodama_k_256

「解釈! これは大きなテーマです。どのように定義できるでしょうか。私はまずもって、生徒の想像力をかきたてるようにしています。楽曲の性格を話し合い、楽曲の意味について何らかのイメージを形作っていきます。ラルゴならシリアスで心のこもったものですし、スケルツォなら快活で陽気なものでしょう。メトロノーム記号のテンポに頼ることはできません。信頼できないからです。一般にシューマンの楽譜に付されたメトロノーム記号のテンポはすべて間違っています。楽曲のリズム・スイング・魂を感じてください。最初の主題は目立たせるのがよいでしょう。聴衆の注意を引き、主題をはっきり示すためです。主題がまた別のところで出てきたときには、弱めにしたり変化をつけたりしてもかまいません。いろんな効果をつけなければいけません」

「大事なのは変化に富む演奏、個性のある演奏です。それに比べれば、音を徐々に下げるのか上げるのかだとか、ここはそっと弾いて次は大きく弾くのかあるいはその逆にするのかなどといったことは、あまり重要ではありません。私には自分なりの解釈がありますが、他のピアニストなら反対の解釈をするかもしれません。どんな解釈にも美を見いだすことができるくらいには、心は広く持ちたいものです。生徒たちには私を真似してほしいとも、私が弾くとおりに弾いてほしいとも思っていません。自分の解釈は教えますが、あとは生徒が自分自身の解釈に従って弾くようにまかせています」

「ピアニシモを教えるのはずっと後の話です。初心者は早くからピアニシモで弾こうとすべきではありません。やっても締まりのない感じになるだけです。真のピアニシモは弱さの結果ではなく強さの結果です」

アメリカの音楽状況

「音楽への理解や鑑賞力という点で、アメリカは驚くべき進歩を遂げてきました。評論家の多くが音楽について豊富な知識を持っているとも言えます。小さな町の人々の前で演奏するときでさえ、私は大いに楽しめます。ときどき『なぜ小さい町で、ベートーヴェンの最後のソナタ(*)を弾こうとするのか』と訊かれるのですが、そのわけは、そこの聴衆がとても熱心に耳を傾けてくれるからに他なりません。彼らは一音たりとも聴き逃しません。私たちがすすんで最高の音楽を届けない限り、彼らに最高の音楽を知ってもらうことはできないでしょう?」

(*)ピアノソナタ第三十二番ハ短調(作品一一一)は、高度な技術と表現力を要求する二楽章からなる楽曲。

ロシア / イラスト/国旗/フリー素材/世界/地域「アメリカには問題があります。それは、自分たちがどれほど知識を持っているのか分かっていないことであり、また、才能ある人材がどれほどアメリカにいるのかに気付いていないことです。アメリカ人は外国人の名前や肩書きに簡単に騙されます。真面目で才能のあるアメリカ人音楽家は、『何々スキー』という名の知らない誰かによって圧迫されています。何々スキーたちは、少なくとも一シーズンはアメリカツアーを経ている人たちです。彼らがアメリカ人音楽家を押しのけて、アメリカの音楽学校や音楽大学で最高の地位に就いている。アメリカ人のこのような甚だしい思い違いに、私はとても苦々しい思いです」

48星旗

出版当時の米国旗

「私のもとには才能のある生徒がアメリカ中から集まっています。なかには最高のコンサートアーティストになる者もいます。私が彼らを興行主や教育機関に推薦した場合、私の言葉は何らかの重い意味を持つのが当然ではないでしょうか。自分の生徒の能力と、コンサートアーティストの必要条件を、私が知らないはずがあるでしょうか。しかし私が推薦しても彼らは契約に漕ぎ着けない。かわりにいつも選ばれるのは、格調高そうな名前の外国人なのです。私はキャリアを踏み出した当初、アメリカで、演奏できるきちんとした機会を得ようとあらゆる努力をしました。しかし祖国アメリカで自分が認められるようになったのは、ヨーロッパでの評価が確立した後のことにすぎません。いまアメリカの音楽的独立のために奮闘している人に、私は敬意を表したいです!」

質問集

ツァイスラー夫人と以上の会話をしてから間もなく、私は彼女の教育法・演奏法についてさらに詳しく知るために、質問を書き送った。アーティストはその時、長期にわたる過酷なツアーに忙殺されていた。その後ヨーロッパに行ってしまったこともあり、一年近く私の質問に回答がないままだった。彼女が次にニューヨークで演奏した時、使いのものから滞在中のホテルまで来て下さいという知らせを受けた。お会いする一室に彼女が入ってきて私に挨拶した時、その手には質問が書かれた紙があった。こんな紙きれをこれほど長くとっておいてくれたことに驚いた。私がそう言うと、

「私はとっても律儀なんです」

と彼女は答えた。

「送って下さった時からずっと持っています。今日はやっとご質問の件でお話できますね」

(一)力のある音を出すにはどのような方法がよいと思うか

「そういうもの何もないと言えます。力のある音を出すために特別な方法を使う必要はありません。すべてがうまくできていれば、十分な力が得られます。得られないはずがないのです。一つの楽曲を知り尽くしているなら、無駄のない練習を通じて、指に必要な力がついているでしょう。だから特定の効果が欲しい時には――すべての技術を理想的に備えていることが条件ですが――その効果生み出す力はあるのです。力はせいぜい相対的な言葉です。演奏のスケールはピアニストによって違います。このことに関して面白い出来事を思い出します。息子のポールは子供のころ、母である私のことを自慢したがる子で、それをやめさせることはできないようでした。ある日、息子は友達と言い争いになった。その友達は、『アマチュアピアニストの僕の父さんのほうが、君の母さんよりうまく弾ける』と力説したのです。なぜなら『とにかく僕の父さんは、君の母さんより大きな音で弾けるから』です。この件は息子が後に話してくれました。二人が喧嘩して決着をつけたのかどうかは知りませんが」

「どのように弾く人が優れたピアニストだと思うかと息子に尋ねると、『小さい音でも大きい音でも、ゆっくりでも速くでも弾けるピアニストの演奏が、素敵に聴こえる』というのが息子の答えでした。結局これがすべてです。息子はまだ幼かったのですけどね!」

「前に言いましたが、技術は正しく身につけておく必要があります。力と速さはほとんど無意識のうちに身についてきます」

(二)指関節が弱い場合、どうするか

「指関節が弱い場合はすぐに強化してください。新しい生徒が来たときに最初にやるのは、手を正しい姿勢にすることです。指を丸くして固定させるのです。頭が良くて飲み込みが早い生徒なら数週間でできるようになりますが、何ヶ月もかかる生徒もいます。どっちにしてもこれは身につけないといけない。指が崩れるほど弱い時に、ベートーベンのソナタをやってみたところで意味がありません。指は丸まった姿勢を保つ必要があります。力をかけた時に持ちこたえる強さも、指には必要です。おっしゃるようにこの練習はテーブル上でもできますが、私はだいたいにおいて鍵盤のほうが好きです。木は反応しませんからね」

「ベートーベン」の画像検索結果

「この練習では、大人より子供のほうが扱いやすいと私は思います。子供にはまだ直すべき欠点がないためでもあり、また、子供は自分の手をよい姿勢にして立派に見せることを好むからでもあります。子供の場合は筋肉が未発達なので、鍵盤を軽くしてあげてください。最小の重さ二オンス [約五七グラム] よりアクションをずっと軽くします。成長して力がついてきたら、重くしても構いません。私の重いアクションのピアノを子供が使うと、数ヶ月で手をダメにするか、指が重さに耐えきれないかでしょう」

(三)指のアクションを認めているか

「強くイエスと言いたいですね。指のアクションはピアノ演奏に絶対欠かせません。指を発達させることが必要です。おっしゃるとおり、どの指も力が均一になるようには決してできません。五百年練習しても、四の指を親指と同じ強さにすることはできないでしょう。指の力を等しくすることができないかわりに、各指の重み・圧力を調整することを学び、望めばいつでも均等な音を出せるようにするのです。私は生徒に、指同士には次のような力関係があると言っています」

ピアニストはそう言うと、紙に鉛筆で四本の縦線を書いた。四本の指の自然な重みを、線の長さで相対的に表しているものである。彼女は言う。

「五の指は音階やパッセージの演奏のなかで、はっきりとした音を出しにくい。しかし正しい方法で練習すれば、強い指の圧力を弱め、弱い指の重さを増やすことで、適切な音のバランスにすることができるようになります」

(四)曲以外のところで技術練習することを認めるか

「もちろんです。技術練習にかける時間は、生徒のレベルによって異なります。最初は四時間まるごと技術練習に使わなくてはなりません。ある程度腕が上がったら、二時間に減らしても構いません。後には一時間で十分になるでしょう。かなり上達した人の場合、手のコンディションを整えておくのに、速くて華やかなアルペジオや、指をたくさん動かすエチュードなどを、ごく短時間やれば十分になります」

「正しい方法で練習すればの話ですが、楽曲を練習しているとき、演奏者の力強さや技術は常に上がっていきます。どんな楽曲も最初は技術練習曲なのです。正しい基礎を持たなくてはいけません。エチュードや楽曲を弾く時に、基礎で学んだ原理が生きます」

(五)決定的に大事な技術上のポイントは何だと思うか

「難しい質問ですね。ピアノ演奏のすべてに関わることです。単音・重音のあらゆる音階。アルペジオ。これは非常に重要なものです。アルペジオは何らかの形で常に出てきますから。オクターブや和音、ペダリングなども大事です」

「トリルもですね」

私は言った。

「ええ、トリルもそうですね。しかし結局トリルは幾分個人的なことです。トリルを生まれつき持っている人や、ほとんど問題なくトリルができる人はいます。しかし多かれ少なかれいつもトリルに難しさを感じている人もいます。そのような人は、音が均等で速いトリルを弾けないようです。多くの人がトリルを器用に芸術的に弾き終えることができない。トリルをある程度の回数は繰り返せるでしょう。しかしその単調な繰り返しに慣れた時、最後までトリルを途切らせることなく終えるのはそう簡単ではありません」

(六)速い演奏をするにはどんな方法をすすめるか

「第一の質問と同じ答えです。方法は何もありません。私は速さのために練習することも、速さを強化することもありません。速さは通例、自然に身についてくるものです。楽曲を知り尽くし、その意味を理解し、生み出したい効果を知っていれば、必要なテンポで弾くのはさほど難しくありません。ただしこのことは、弱い指やあやしいタッチなど、欠点だらけで弾く生徒には当てはまりません。確かにこういう欠点は、緩慢なテンポの曲では露骨には現れないでしょう。たとえばヘンデルのラルゴならどうにか切り抜けられるかもしれません。指はおぼつかなくても、主題をそこそこうまく音にすることができる。しかし速いテンポの曲はお手上げです。ラルゴを弾くときにも欠点があったことには変わりないのですが、それが現れなかったというだけです。速い曲では欠点がすぐに露呈します。作曲家のなかには、作品に十分な効果を与えるため、完璧に近い技術を要求する人もいます。モーツァルトはその一人です」

「モーツァルト」の画像検索結果

「モーツァルトの楽曲の多くはシンプルに見えます。実際とても読みやすい。しかしそれを理想的に演奏するとなると、まったく話は別です。私はめったに生徒にモーツァルトを弾かせません。ずっと続く音階・アルペジオ・パッセージのなかで一つのミスも許されません。一音ぐらい曖昧にしていい、飛ばしてもいいなどと思うのは図々しい。モーツァルトをそれにふさわしい心で演奏するには、彼の時代に舞い戻った気分が必要です。クリノリン(*)。髪粉《かみこ》(*)がかかったウィッグ。かぎたばこ入れ。上品に気取ったメヌエット。そういう時代ですね。モーツァルトの曲は感情的でないと言うつもりはありません。実際モーツァルトの曲にも感情は満ちています。しかしそれは現代の感情ではなく、百年以上前のそれです」

「私としてはモーツァルトの曲は好きです。シカゴ管弦楽団とモーツァルトの協奏曲を演奏したときは大成功を収めました。あとで仲間の男性に、今までこなしてきた仕事のなかでも一番といっていいほど難しいものだったと伝えたところ、『そうですよね。モーツァルトを弾くと丸裸にされます』とうまく返されました」

(*)クリノリンは、スカートをふくらませるための骨組みの下着。十九世紀の後半に流行したものなので、実際はモーツァルトの時代のものではない。
(*)当時の貴族は、髪やウィッグに色付きの髪粉(原料は小麦粉や米粉など)をふりかけてお洒落していたという。

(七)レパートリーはどのように維持するか

「私自身の話でしたら、私は自分のレパートリーをすべて維持しようとは努めていません。持ち曲は何百もありますし、新しいレパートリーの練習時間をとっておく必要もあるからです。しかし一定数の曲はいつでも演奏できる状態にしてあります。曲はその時の必要によってさまざまです。曲を通しでゆっくり弾くのが私の練習方法です。このとき、特に練習の必要がある苦手な箇所に、よく注意するようにします。一定の回数、苦手な部分を繰り返す。それから曲全体を繰り返して、苦手なところが他の部分と同じように滑らかに弾けているかを確認します。弾けていない場合は、さらに弱点を強化します。しかし常にゆっくり弾くのです。要求されている速さで曲を通しで弾くことは、たまにしかありません」

「生徒にはいつも、練習ではゆっくり弾きなさいと言っています。生徒が曲を準備してきて初めて私に聴かせるときには、ゆっくりと注意深く弾いてもらいます。私の前で弾くのが二、三回目になって、本来の速さで弾いても問題ないほど曲に習熟してきた場合、次に来るまでのあいだ、たまには本来のテンポで弾いて練習することを許しています。しかしつねに速いテンポで弾くのは非常に有害です。これでは演奏を分析したり、自分がどう弾いているのかを考えたりすることがなくなってしまうからです。コンサートで弾く速さで弾いている時、指づかい・動作・手や腕の状態のことを考える余裕がありません。そういうことを飛び越えてしまっているのです。いろいろなことを考える時間と機会が持てるのは、ゆっくりとした練習においてのみです」

「例として、コンサートで各地を回っている楽団のピアニストを考えてみましょう。この人は毎晩同じ曲を弾かないといけません。そのあいだに練習する機会はまったくない。最初の数日間は、問題なく弾けているでしょう。しかしその後、ちょっとした欠点や弱点が見え出す。だがゆっくり練習する時間がない。毎晩繰り返しているうちに、演奏がだんだんおぼつかないものになっていく。数ヶ月でその演奏は悪化し、聴くに堪えないものになる。ずっと速い演奏ばかりしているからこうなるのです」

(八)どのようにして技術を一定の水準に保っているか

「かなりの上級者ともなれば、アルペジオ・音階・派手なエチュードを少しやっておけば、手を望ましい状態に保つことができるでしょう。休養したり休暇をとったりした後には、基本的なエクササイズや指の動作をやり直して下さい。そうすれば筋肉はほぐれ、手はふたたび自在に、そして速く動かせるようになります。しばしば初歩的な原則に立ち返る必要はあるにしても、技術的な能力は、一度徹底的に習得してあればすぐに取り戻せます。長期にわたって練習をしていなかったとすると、回復はその分遅れます。この場合はより注意深く、技術を取り戻していく必要があります」

「生徒に技術を習得してもらうために、私はツェルニーをかなり使っています。作品二九九はもちろんのこと、それより前のもっと簡単なものも使っています。それから作品七四〇。そのいくつかは技術を維持するのにとても役立ちます。ショパンのエチュードも日々の糧ですね」

(九)和音を学ぶのに一番よいやり方は何か

「手首から弾く。鋼のように頑丈な指で弾く。もちろん手が小さい場合は、小さい構えから始めなくてなりません」

(十)どのような運動エクササイズを勧めるか

関連画像「自分の手に必要と思われることは、どんなエクササイズでもやって下さい。手がこわばっている場合はマッサージをします。そうやって指をしなやかにし、また、指間の膜を広げるのです。手がたるんで柔弱な場合も、マッサージで強く固くできるかもしれません。しかしこれは、こわばった手をストレッチするより難しいこともしばしばです。適切な技術訓練がなされていれば、手には必ずしなやかさと強さがついてきます」