8 バーサ・フェイリン・タッパー

バーサ・フェイリン・タッパー(一八五九―一九一五)は、ノルウェー出身のアメリカのピアニスト・教師。ライプツィヒ音楽院で学んだ後、アメリカに移住し、コンサートピアニスト・教師としても活躍。その後レシェティツキに学ぶためにウィーンに一年間に留学。アメリカに戻ると、音楽芸術研究所(ジュリアード音楽院の前身)の上級ピアノクラスで教鞭をとった。そのときの生徒にレオ・オーンスタインにがいる(タッパーは一九一〇年にオーンスタイン初の欧州ツアーに同行し、主だった音楽家に引き合わせている)。音楽誌に数多く寄稿する知性派でもあった。

ピアノの問題の克服

ピアノ教育やピアノ演奏において、環境と雰囲気がインスピレーションを促すのに一役買うものだとすれば、トーマス・タッパー(*)の夫人に教わっている生徒たちは幸いだ。生徒が大いにやる気になれそうなほど、レッスンの環境や雰囲気は抜群だからである。

リバーサイド・ドライブ(*)沿いの彼女のマンションは、長い午後の間、ずっと陽当りが素晴らしく良い。外を見やるとハドソン川が青と金でキラキラと輝いている。

水面 きらきら キラキラ 光る水面 光る 河 川 川面 キラキラ光る 水流 水辺

室内はすべてが調和していて家庭的だ。川に面した大きな音楽室にはグランドピアノが二台、並べて置かれている。偉大な音楽家の肖像や記念品もたくさん飾られていた。新鮮な花もあれば書物もある。そこには想像力を高めてくれるあらゆるものが揃っていた。そのすべての中心にタッパー夫人その人がいた。真摯で気高くて啓発的な教師である彼女は、多くの若手アーティストや教師にとっての「聴罪司祭」である。

(*)トーマス・タッパー(一八六四―一九五八)は、アメリカの音楽学者。子供向けの音楽の本などを書いている。バーサ・タッパーの二人目の夫。
(*)リバーサイド・ドライブは、マンハッタンにある美しい道路。

「音楽の勉強は、単なる指のエクササイズ以上の多くを意味しています」

彼女は言った。

「生徒は幅広く教育を受けなくてはいけません。私に教わりにやって来る子たちには、学校で何をやっているかをいつも尋ねています。すべての時間をピアノにつぎ込むために学校をやめたと言う場合は、『学校に戻りなさい。学校の課程を終えてから来なさい』と告げます。学校をやめるようにアドバイスできる生徒もごく稀にいます。しかしその場合、その生徒は一般的なことや専門的なことを自宅で勉強し続けなくてはいけません」

「私はアメリカの音楽教育が、ロシアの優秀な音楽学校――少なくとも一つあります――のように、整備されてほしいとよく思います。その学校では午前は音楽の勉強をし、その日の遅くに一般的な勉強をします。アメリカでは、音楽を教科のなかに組み込むことをめぐる問題は、実に深刻です。公立であれ私立であれ、学校はいろいろな基礎教育をカバーしようとしているので、音楽その他に残されている時間はほとんどありません」

「音楽を学ぶ人はまた、音楽史や伝記など音楽関係の本を読んで、大作曲家の人生や彼らが書き残したものに親しんでいかなくてはいけません。たとえばロベルト・シューマンの手紙や記事。これらは非常に興味深く、教えられることも多いものです」

「ピアノ学習のメソッドにかんしては、私の考え方はどれも、主にレシェティツキから個人的に学んだときの経験に基づいています。私の知っていることはどれも彼から教わったものであり、私がうまくやれているのは彼のおかげです。ウィーンでの最初の八週間で取り組んだのは、まずバランスよく手と腕の姿勢や状態をコントロールすること。次に、これ以上ないほど正確かつ敏速にそれぞれの動作を行うこと。これができるようになるために、私は五本指の姿勢で行ういちばん基礎的なエクササイズから始めました。一度に指一本を使うものです。それから音階、アルペジオ、和音、オクターブに進み、全部マスターするまで続けられました。最初は一日に一時間だけの練習でしたが、手が強くなってエクササイズの数も増えていくと、練習時間も増えていきました」

「その次はいろんな形式で音を出す練習です。腕が自由になっていて、しかも手・指の強さがあれば、質の高い音が出ます」

テオドール・レシェティツキ

「レシェティツキの考えるピアノの原則は、あらゆる点において完璧で、一番正しいように私には思われます。いろいろな人がメソッドの本を出していますが、私は教本なしで教えています。大事なのは原則それ自体です。私が狙いとしているのは、すべての指を強化して、頼れる手に作り上げることです。弱い指を強化し、ほかの指と均一にしていくのです。これを完全に成功させるためには、最初の九、十週あるいは十二週は、技術的なエクササイズ以外はやらないことです」

「最初はいちばん簡単なエクササイズをやります。まず一度に指一本。つぎに指二本、さらに指三本、四本、五本と順にやっていく。しばらくは練習時間全部を技術に費やすという方法が良いと思います。こうすれば、曲を弾くという邪魔が入ることもなく、原則のマスターに専念できます。原則が自分のものになったとき初めて、曲自体の勉強に目を向けてもよいでしょう。ときどき手で弱いところが出てきた場合も、楽に修正できます」

「ピアノをたくさん弾いてきたけれど演奏の原則がわかっていなくて、体もピアノもコントロールできない。こんな生徒が私に教わりに来た場合、いったんすべてを棚上げして、演奏への準備を身に付けさせます。これは絶対必要なことです。レガートのタッチもできず、和音や音階もわからないまま弾いてみたところで、簡単なソナタさえまともに聴かせられない。絵筆を使わずに絵を描くようなものです。あるいは鉛筆でペン画やインク画を描こうとするようなものです。いい仕事をしたければ、それにふさわしい道具が必要です」

「原則の応用練習には、ツェルニーのエチュード――作品二九九 [四十番] 、作品七四〇 [五十番] など――がうってつけです。シンプルで直接的なエチュードですし、演奏で想定されるあらゆる姿勢や動作を、生徒はこれでひたすら練習できます」

「その後をどう育てるかは、生徒の個性によりけりです。それぞれの個性をいかにして把握するか。どうすれば個性を最大限に生かしてあげられるのか。レシェティツキやその後を追う教師たちが関心を持っていたのは、このような問いです。レシェティツキは非常に頭が切れ、深い学識と経験を持つ人です。私は彼のレッスンから学びたいと、いつも強く思っている者です。彼の教え方に接する機会は、いままで何度かの夏にありました。彼の教え方を見ていると、自分のピアノ教育にとって大きなヒントになることがたくさんあるのです」

「私は、生徒のなかに高い音楽性への志向を育むことを、主な努力目標としています。この目的のため、理論・和声学・聴音・楽曲分析を学ぶことを生徒に要求しています。レッスン中には、これらを教える時間は十分にはありません。私にはアシスタントの教師がいるので、こういう面での教育や技術訓練で助けてもらっています。シーズン中、月に一度、アシスタントたちは、自分が教えている生徒を私のところに連れてきて、私の前で弾かせます。私たちはピアノ教育の講習も行っています。一回の講習に二十人近くが参加することもあります。こうして私は、行われている教育のすべてを管理でき、またほかの教師や生徒たちとのつながりを保てるのです」

バーサ(中央)と生徒たち。

「毎月第一土曜日、ここに生徒を集めてクラスを開きます。生徒たちは、私や他の生徒の前でピアノを弾きます。すべて暗譜による演奏で、紙の楽譜は一切使われません。みな集中して聴いているので、ここで演奏するのはとても難しいと生徒から言われています。初めてここで演奏する生徒にとっては、自分の演奏に集中し続けるのはとりわけ難しいことです。シーズンの終わりごろに楽になってきます」

「ピアノ学習の初期には、曲とは別のところで技術練習を行ったほうがよいでしょう。私の意見ですが、これによって基礎が完璧になり、ゆくゆくは最高の成果として花開くと思います。適切なトレーニングをすれば、生徒の手はわりと短期間で改善も発達もするんですよ。これには自分でもよく驚いています」

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セザール・フランク

筆者はそのシーズン最後の発表会の見学を、特別に認められた。八、九人の若い奏者が、長くて難しいプログラムを弾いた。ベートーベンのソナタをまるまる一曲、ショパンの変イ長調のバラード [第三番 作品四十七] 、セザール・フランクの≪前奏曲、フーガと変奏曲≫ [作品十八] 、モーツァルトの幻想曲(*)、グリーグの協奏曲の第一楽章、ウェーバーの小協奏曲(*)、ショパンのホ長調のスケルツォ [第四番 作品五十四] などがが演奏された。

教育的な観点から見て、このリサイタルはとてもためになるものだった。すべての演奏家に、休息の時と集中の時があった。すべて譜面を見ない演奏だったが、目立ったミスは一つもなかった。手は弧を描き、指もカーブしていた。こぶしの関節で十分なアクションも伴っていた。手首は普通の位置にあり、とてもよく脱力していた。腕全体が肩から振れていて、鍵盤上で安定し、作品が求めるすべてに適うものとなっていた。すべての音に、手・腕の適切な重みがあった。豊かで歌うような音質だった。最年少の生徒でさえ、このような特徴を具現する演奏をしていた。さらに言うと、生徒たちはみな、自分が演奏している音楽の意味を賢明にも把握していた。彼らは把握したその意味を、確信・力強さ・輝きをもって、引き出していたのである。

(*)ニ短調(K397)、ハ短調(K475)などがある。
(*)ピアノと管弦楽のための小協奏曲?コンツェルトシュテュック?ヘ短調(作品七九)