19 エレノア・スペンサー

エレノア・スペンサー(一八九〇―一九七三)は、アメリカのピアニスト。ウィリアム・メイソンに学んだのち渡欧し、ハロルド・バウアーやレシェティツキに師事。その後欧州の主要オーケストラと共演し、アメリカ凱旋公演ではソロでもオーケストラとの共演でも常に高い評価を得た。のちパリに定住し、主に欧州でキャリアを築くが、第二次大戦のため帰国。後年は聴力の悪化に苦しみ十年の活動停止を余儀なくされたが、その後再度訓練を積み、聴力がままならないなか、手の感触・視覚・音の記憶をたよりに、定期的なリサイタル活動を続けたという。晩年はスイスで過ごした。

レシェティツキの考えにもっと注目を

私がベルリンを訪れているとき、たまたまその地にエレノア・スペンサーがいた。初のアメリカツアーを来シーズンに行うことが公表されているピアニストである。彼女はベルリンのシェーネベルク地区に立つ立派なマンションに住んでいた。この地区は往来の喧騒から離れたところだ。部屋の窓は広い中庭に面している。スペンサー嬢はアーティストの成長に欠かせない静かで落ち着いた環境を手にしたようである。彼女は実際、ドイツの大都市でどうすれば自宅をアメリカの家のように快適にしておけるかという問題を解決した。

「下宿生活が嫌になったので、五年前にこの小さなマンションを引き継ぎました。こっちの方がずっと良いですね」

彼女はそう言った。

「私はアメリカを九年離れているので、住んだことのある外国の諸都市はアメリカ以上に故郷のように感じられます。九年のうち、アメリカに戻ったのは二回だけ、それも短期間にすぎません。とはいえ私はアメリカを愛しています。私がどれほど今度のアメリカツアーを待ち望んでいるか、ご想像いただけるのではないでしょうか」

ウィリアム・メイソン

「私は生まれてから最初の八年をシカゴで過ごし、そのあと家族でニューヨークに移りました。ニューヨークではウィリアム・メイソン博士に学び、十五歳の頃、更に学ぼうとヨーロッパに渡ったのです。最初は別の教師に学びましたが、ウィーンのレシェティツキに学びに行くまでそう長くはかかりませんでした。それまでに身につけていた以上の更なる徹底的な基礎が必要だと感じたからです。しっかりとした技術的基盤にまさるものはありません。岩盤があるからこそ、その上に何か建てることができるのであり、それなしでは偉大なことは達成できません。今の地位を築くために私は一生懸命に努力してきました。そう言うことに何のやましさもありません。私は仲間の言葉を使えば『空き時間すべて』を練習に費やしています。もちろん、ちゃんと集中して練習しているとすれば、五時間以上は実りのある練習はできませんけどね」

「楽曲とは別のところで技術練習をする意義を、私はすっかり信じています。いつもそうしてきましたし、今でもそれを続けています。技術練習は手を良い状態にしてくれます。またそういう状態に保ってくれます。このため難しい曲を習得しやすくなります。難曲が求めている技術水準に、より対応しやすくなるのです。手が良い状態になっていれば、曲のなかでしんどい技術練習をする必要はありません。神経をあまりすり減らさずに済みます。私は毎日一時間かそれ以上を技術練習に費やします。その際に使うのは単純なエクササイズですが、各エクササイズのなかに手のタッチ・動作・状態の基本的原理が含まれています。親指を手の下にもぐらせたり手でまたいたりする技術。さまざまな音色。スタッカート。つかむようなタッチ。音階。アルペジオ。その他さまざまな形式が用いられています。技術練習の一部には必ずバッハが入ってきます」

「ウィーンでは最初、基礎固めのためブレー夫人(*)に学びました。しかしやがて夫人のレッスンとレシェティツキのレッスンを並行して受けるようになり、最後にはレシェティツキだけに学ぶようになりました」

(*)マルヴィーネ・ブレー(一八六一―一九三七)は、ピアノ教師。長くレシェティツキの助手を務め、本人公認で『レシェティツキ・メソッドの基礎(The groundwork of the Leschetizky method)』(一九〇二)を著している。

「細かいことですが、ここで触れておきたいことがあります。細かいことと言いましたが、レシェティツキのメソッドを用いていると言っているアメリカの教師たちが理解できていないようなことです。この教師たちは、レシェティツキが鍵盤の縁に一直線に指を置くよう求めているなどと言い張っています。ですが場合によっては彼ら自身が、親指の先をキーの中程に置いている。そうなると親指が他の指のかなり前に伸びているということですね。レシェティツキの助手たちがそんな姿勢を教えているわけがない。レシェティツキ本人もそんな姿勢を気に入るはずがありません」

スペンサー嬢は楽しそうに笑って声を響かせた。

「こんな考えを聴いたのは初めてです。このような姿勢はぎくしゃくして不自然に見えるに決まっています。レシェティツキの考えはこういうものではない。彼はむしろ、何でもいちばん簡単で自然な方法でやるように望んでいるのです。最初はもちろん、強くしっかりとした手と指を作っていきたい。その場合、弧状の手と安定した第一関節を自分のものにするのに時間と思考を使う必要があります。これが完全にマスターできたら、手は、要求されるどんな姿勢でも取ることができます。レシェティツキの手は、キーに対してかなり平たく置かれることもしばしばです。彼の手はピアノ向けの美しい手です。レシェティツキの各指の第一関節は、長きにわたってしっかりとカーブしたまま保たれてきたので、何をしているときでも――髪をとかすだけのときでも――手はつねにそういう姿勢のまま変わりません」

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レシェティツキ

「レシェティツキは実に素晴らしい教師です。しかし生徒は、彼から教えられたことをすぐに飲み込んで、その考えについていくすべを見出さないといけません。巨匠の言葉をつかみそこねる生徒は、レッスンという試練にひどく苦しむでしょう。私は今までそういうシーンを目撃してきているのです。この状況に適応できる生徒ならば、巨匠から教えられることは極めて大きいです」

「私はこの巨匠を尊敬していますし、彼に傾倒して熱心に学びましたが、だからといって他の巨匠や楽派ではだめだなどとは思っていません。そう思っているという印象を与えていないといいのですが。私は心の狭さは最も嫌な性格の一つだと思っていますし、当然、狭量さで非難されたくありません。他の人の方法や発想にも多くの美点があります。芸術では偉大で美しいものはすべて密接に関係しあっているように思われるほどです」

曲の覚え方

「私がどのように曲を覚えるのかをお尋ねですね。まず曲の形式にいくらか馴染むために、通しで数回弾きます。次に曲を分析・研究し始めます。一度に一フレーズあるいは一楽想ずつ、また一小節か二小節ずつ、覚えていくようにします。非常に込み入ったものでもない限り、普通は片手ずつ覚えることはありません。両手一緒のほうが簡単に覚えられることもあるのです。メロディや各フレーズをきちんと把握して、しっくりいくまで練習に取り組むのが良いでしょう。次に大きなまとまりでの練習。さらに曲のクライマックスの練習。前もって十分考えて準備しておく必要がある部分です。一つの作品はそれくらい徹底的に身につけて、手の状態が良ければいつでも弾くことができるくらいにしておかなければいけません。あるいは長い間その曲を弾いていなかったとしても、二日もやり直せば取り戻せるくらいにです」

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「レパートリーを作っていくというテーマは見過ごされがちで理解されていないものです。レパートリーは幅広く包括的なものであるべきです。生徒が、大作曲家の書いた小粒で重要度の低いピアノ曲を知っているだけ、というのはありがちな話ですが、音楽を仕事にしようと思っている生徒なら、それだけでなく、大作も知っておくべきです。幼い頃に十分なクラシックの基礎を身につければ、後に大いに役立ちます」

力と速さ

「手の力をつけるためには重い和音がとても有用です。指を全部使う五音の組み合わせが非常に役立つということです」

「速く弾くための原則は、不必要な動きをすべて取り除くということです。指はできるだけ低く上げるなどです。とはいえ初級のころや、ゆっくり練習するときや、正確にはっきりと弾く練習をするときには指を上げて下さい。レシェティツキは指のアクションの意義を確信していました。アクションは指の発達には必要不可欠なものと考えているのです」

「私は過去三年間、コンサート活動をしてきたのですが、そのあいだ練習は一人でやっていました。といっても巨匠たちが教えてくれるものをすべて学び尽くしたわけではありません。自分一人でやっていかなければいけない、自分の中にあるものを発展させなければいけない、と感じるところまで来たというだけです。自分の中にあるものですから、どんな巨匠からも教わることができません。それは自分自身で探さないといけないものです」

「私は来シーズン、おそらくかなり数のオーケストラと共演することになります。リムスキー=コルサコフが書いた一楽章だけの短いピアノ協奏曲(*)を演奏予定です。華やかで魅力的な曲です。アメリカではこれまで演奏されていないと思います。シュターフェンハーゲン(*)作のピアノと管弦楽のための新作もとりあげるつもりです。アメリカでは初物でしょう。オーケストラとの共演はとても楽しいですね。もちろんリサイタルもいろいろと開くつもりでいます」

シュターフェンハーゲン

(*)ピアノ協奏曲嬰ハ短調(作品三〇)。十五分程度の曲。切れ目はないが三部分からなる。
(*)ベルンハルト・シュターフェンハーゲン(一八六二―一九一四)は、ドイツのピアニスト・作曲家。リストの弟子。

スペンサー嬢はイギリスや大陸で、最高のオーケストラとともにステージに登場している。彼女の純粋な音、歌うような音、柔軟なタッチ、音楽的気質はどこにおいても称賛の的となっている。彼女は間違いなくアメリカで成功する。アメリカで多くの友人ができることだろう。