4 ジグムント・ストヨフスキ

ジグムント・ストヨフスキ(一八七〇―一九四六)は、ポーランドのピアニスト・作曲家。パリ音楽院を首席で卒業。パデレフスキに師事。一九〇五年にアメリカに渡り、ピアニストとして名声を得る一方、音楽芸術研究所(ジュリアード音楽院の前身)・フォン=エンデ音楽学校・私塾などで教育者としても活躍。作曲方面でも≪交響曲ニ短調≫(作品二一)がパデレフスキ国際コンクールで優勝を収めるなど才能を発揮。映画音楽の作曲家アルフレッド・ニューマンは門人の一人である。

ピアノを学ぶ心構え

ジグムント・ストヨフスキ氏は著名なポーランド人ピアニスト・作曲家である。氏はある朝、ニューヨークのスタジオで、才能ある門人を指導していたが、少し休憩して話をしても構わないということだった。教師と生徒双方にとって有益な会話になった。

「ピアノの技術で一番大事な点について一言欲しいというわけですね。『それぞれの人にとっての』大事な点と言うべきかもしれません。まったく同じ生徒は一人もいませんからね。二人の人物が厳密な意味で同じ光のもとで物を見ることはありません。これは実際、心理学的な問題です。私は教師にとっても生徒にとっても心理学を学ぶのは必須だと思っています。心のプロセスについて、誰もが今以上に知る必要があります。暗譜するのに一番よいやり方は何か、とよく訊かれます。これも心のプロセスのひとつですね。私はウィリアム・ジェイムズ(*)の『心理学について(Talks on Psychology)』(*)を読むように生徒に薦めているんです。とても役立つ本です。

(*)ウィリアム・ジェイムズ(一八四二―一九一〇)は、アメリカの哲学者、心理学者。意識の流れの理論を提唱。弟ヘンリー・ジェイムズは有名作家。
(*)”Talks To Teachers On Psychology; And To Students On Some Of Life’s Ideals”(1899)のこととみられる。

「ピアノ演奏で一番大事なのは、考えることができるようになることです。まったく人というのは、考えるのを避けるためならどんな苦労も惜しまないほどで、何百回でも弾いて技術を身につけようとします。しかし何も考えていなければまったくの無駄です。いやそれはちょっと言い過ぎかもしれない。たしかに繰り返しによって最終的には少しは上達します。でも、ほんのちょっとだけなのです」

Grayscale Piano Keys

「ピアノの技術の本質とは何か。これにかんしては様々な考えがあり、あいにく教師のあいだで共通の見解はありません。指を上げるということ一つをとっても、実に多様な意見があります。高く上げるのが良いと言う人もいるし、そう考えない人もいる。速い演奏では高く上げてもよいが、基本的には高く上げるのは音色にとっては都合が悪いと言う人もいます。ですが私にとってはまったく逆。歌うような美しい音色が欲しいところで、指を高くしているんです。もちろん若い生徒はまず、指を上げて正確な動きができるようにならないといけない。かなり上達してはじめて、タッチにいろいろと変化をつけます。ピアノ教育、ピアノ学習では、最高の成果が出ることがいま以上に多くてもいいはずですが、そうなっていないのは生徒側の問題であるのと同じほど教師側の問題でもあります。一般的に生徒は教えてもらうことを厭わないし、うまくなりたいと思っている。個別の『症状』を正しく診断し、一番効果のある薬を処方するのは、教師側の責任です」

生得の技術

ネリー・メルバ

「私が『生得の技術』と呼んでいるものは、どの人もいくらか持っています。その人にとって容易な技術のことです。トリルの場合が多いですね。ほかの点ではほとんど才能がない人が、トリルだけはうまく弾くというケースをたくさん見てきています。歌手にも生得のトリルを持つ人がいます。メルバ夫人(*)はトリルを一切学ぶ必要がなかった。喉にナイチンゲール(*)を宿して生まれたからです。私はロンドンである若い男性を知ったのですが、その人は間違いなくオクターブの才能を持って生まれた人でした。驚くような手首をしていて、まったく疲れることもなく何度も何度もオクターブを弾き続けることができていました。オクターブを練習する必要が全然なかった人です。彼にはそれは生まれつきのものだっだのです」

(*)ネリー・メルバ(一八六一―一九三一)は、オーストラリア出身者として初めての世界的オペラ歌手。
(*)ナイチンゲールは美しい鳴き声の鳥。サヨナキドリ。

「教師の仕事は修正作業でもあり、構築作業でもあります。教師は生徒の何が間違っているかを見抜く必要がある。そしてそれを直してやることができなくてはいけない。教師は医者のように、生徒の弱点や欠点を見出して、鍛えてやるのが当然の仕事です。生徒の必要に応じた適切な対処法を確立しておくべきです」

「私は生徒に、ほんの少数のエチュードだけをやってもらっています。同種療法《ホメオパシー》の流儀でエチュードを与えているわけです。立派なピアニストになるために必ずしも大量のエチュードをこなす必要はありません。音階とアルペジオは毎日練習する必要があるにしても、不可欠な技術の多くは楽曲自体から学ぶことができます」

レパートリーを維持するには

「ピアニストのうち、レッスンをつける機会が多い人は、ある意味で生徒に助けられながら多くの曲を維持しています。私には上級の生徒がたくさんいますが、彼らに定番曲を教えるときに、私自身でもそれをメンテナンスしていることになります。もちろん、生徒たちが同じ曲を弾くのを続けて聴いていると、そのうち少し飽きてきます。美しい曲も新鮮に感じられなくなります(一般に自作曲は例外です。自分の作品を生徒に教えることはあまりないですから)。思慮深い教師なら、生徒が定番曲を演奏するのをいつも聴いていれば、若い演奏者がどんなところでつまずくのかわかるようになりますし、その壁を乗り越えてもらう方法を工夫する助けとなります」

(↑ストヨフスキの作品例)

「同時に次のような欠点があります。つまりそのピアニストは演奏中、特定の部分に差し掛かると、『誰それという生徒はここでうまく弾けていなかったな、ここで忘れていたな、ここで躓いていたな』などと、どうしても思い出してしまう。私は何度もこの経験をしています。私はリサイタルで演奏しているとき、何か不都合なことが起こるなどとはまったく考えずに、ただ演奏に没頭して曲を進めるのですが、ある特定の箇所に来ると記憶がフラッシュバックする。ここはかくかくしかじかの生徒がつまずいた場所だ、などと。そのイメージが鮮明すぎることもあって、そういう場合はちょっとばかり苦心して心のバランスを保つ必要が出てくる。どうにかして間違えずスムーズに演奏を進めようと頑張るわけです」

「ええ、私は心のなかで曲を確認するタイプですよ。まったく初めて演奏するような曲では特にそうですね。新しい曲以外では、それほど心ではその必要はありません」

パッセージを埋める

「おっしゃるとおり、作曲家が聴衆の前で演奏していて曲の一部を忘れた場合、パッセージをでっちあげて穴を塞ぐというのは事実です。しかしよく知られた作品で即興するのは、まずい状況を持ち直すにあたってはむしろ危険です。そう言えば、ヨーロッパでリサイタルしたときにこんなことがありました。ヴヴェイ(*)でのことです。その時まったく新しいプログラムを演奏することになっていました。私はモルジュ(*)のパデレフスキ邸に泊まっていて、リサイタルのためそこからヴヴェイへ移動し、ホテルの一室にいて心のなかでプログラムを再確認していました。そのときメンデルスゾーンのフーガのなかで、少し忘れている箇所があることに気づいた。その前後は覚えていたんですが、それに挟まれた特定のパッセージがどうやら頭から飛んでしまっていた」

「メンデルスゾーン」の画像検索結果

メンデルスゾーン

「小さい談話室まで下りて行き、ピアノでそのフーガを弾いてみたが、やはり問題の部分を思い出すことができない。急いで自分の部屋に戻って、この二つの部分をつなげる橋を作りました。本番でこのフーガを演奏する時間になり、実際に弾いてみると、その危うい箇所をはるかに越えるところまでスムーズに来た。どうやらメンデルスゾーンが書いたとおりにちゃんとその部分を演奏できたようです。ところが最後のページに近づくと、突然疑問が浮かんだ。あの問題の箇所を私はどう弾いたんだろうか、と。どうだったかは結局思い出せなかったのですが、メンデルスゾーンの楽譜通りに弾いたのか、ストヨフスキ版で弾いたのかを思い出そうとするあまり、最後のページで大きなヘマをやらかしてしまいました」

(*)ヴヴェイはスイスの地名。レマン湖畔に位置するリゾート地。チャップリンが晩年を過ごした。
(*)モルジュはスイスの地名。レマン湖畔に位置する。パデレフスキのほか、ストラヴィンスキーやオードリー・ヘップバーンなども住んだ。

「アメリカでのシーズンが終わったら、すぐにロンドンに向かいます。自作のピアノ協奏曲第二番を、ニキシュの指揮するロンドン交響管弦楽団と共演することになってるんです。他にもたくさんリサイタルを開く予定です」

ストヨフスキ氏がソリストを務めたクイーンズホールでの管弦楽演奏会に、私は運良く立ち会うことができた。協奏曲それ自体が引き起こす熱狂、そしてこのアーティストの演奏が引き起こす熱狂を目のあたりにするのは気持ちのよいことだった。