5 ルドルフ・ガンツ

ルドルフ・ガンツ(一八七七―一九七二)は、スイス出身のピアニスト・指揮者・作曲家。スイスで学んだ後、ベルリンでブゾーニに師事。欧州でデビューするが、シカゴ音楽大学の招聘を受けて以降、主にアメリカを活動の場とした。ピアニストとして活躍する一方、同音楽大学で教鞭をとり、後年には長く学長を務めた。一時期教職を離れ、セントルイス交響楽団を指揮していたこともある。ガンツは新しい音楽の普及に積極的だった。ラヴェル、ブゾーニ、グリフス、シンディング、チェレプニンなど、ガンツに作品を献呈した作曲家も多い。ドビュッシーやラヴェルをアメリカに広めた功績により、フランス政府からレジオンドヌール勲章を授けられている。

練習ではエネルギーを温存する

「ピアノの練習では、エネルギーを温存しておくことが非常に重要です」

ある日、ピアニストのルドルフ・ガンツは私に言った。

「いつも聴衆を前にして演奏しているときのように、エネルギーと気持ちを全部こめて曲を練習し続けるのは間違っています。現役ピアニストのなかにもこれをやってる人がいますが、私はいつもかわいそうな気持ちになります。それがどれほど不必要なエネルギー消費であるか、生命力の浪費であるかわかるからです。俳優はセリフを覚えるとき、それをどう演じるかを理解するために、絶え間なく叫ぶ必要はない。オペラ女優も全力で歌って役柄を練習する必要はない。声を節約するということをよくわかっているからです」

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「だとすればピアニストも、単なる日常の練習で自分を消耗させたり、全力を出し切ったりしなくてもよいでしょう。自分を消耗させないようにするのは、結構難しいかもしれない。それは認めますが、これはピアノを弾く人なら、偉大な人であるかどうかにかかわらず、誰もが習得すべきことです。ピアニストは一日五、六時間、疲れずに練習できないといけないと私は考えています。毎日の練習で自分のエネルギーを節約することに慣れれば、本番でも、長時間で大変なプログラムを疲れずに演奏できます。毎日の練習では、フォルテで弾く必要がなかったり、ペダルを使う必要がなかったりという場合もよくあります。ほどほどの力で音を出すだけで十分です」

足を組む/楽な姿勢/リラックス / フリー素材 / イラスト / ピープル

「たとえばショパンのエチュード、作品十の十二番 [いわゆる≪革命のエチュード≫] を練習しているとしましょう。例の左手のアルペジオがある曲です。このとき音も指も適切でなくてはいけないし、フレージングの記号もすべて守る必要があります。しかし練習中は、毎度その曲を華々しく派手に弾く必要はない。それではすぐ疲れてしまいます。それでも、どうすれば自分が望むような効果をもつ演奏ができるかを徹底的に学び、心に刻まなければいけません。そして完成した演奏が求められる場合はいつでも、効果的に弾かなければならないのです」

「前にも言いましたが、刺激的な曲の場合、『思う存分弾く』という衝動を抑えることは難しいものです。先日、交響管弦楽団と協奏曲のリハーサルをしましたが、そのとき私はみんなに、『私は自分が望んでいる演奏効果をただ示しながら、静かに弾きますので』と告げました。しかしいざ始めてみると、五分後に私は全精力を傾けて弾いてしまっていたのです」

Alfred Cortot 01.jpg

コルトー

「ピアノ演奏の方法論にかんしては意見がいろいろあるようですね。これは鍵盤をタッチするのにいろんなやり方があるからでしょう。指先を使う人もいれば指の腹を使う人もいるわけですから。指先を使っている人としてはブゾーニ(*)を挙げても良いでしょう。パウアー(*)もそうです。一方で、極めて美しい音を奏でるフランス人のコルトー(*)は、手を鍵盤上でほぼ平らにして弾いています。この弾き方をすると、手と腕の重みが確実なものとなります」

「もちろん一般的にピアニストやピアノ教師は、ピアノを弾くときには腕の重みを使うということで意見が一致しています。ピアノ技術の原則がわずかしかないのは間違いありません。『正しい指を使い、正しい音を出し、正しい意図を持ち、正しいキーを弾く。それだけです!』と言ったのはリストではなかったでしょうか? 私はピアノ技術は行き着くところまで来たように思います。逆戻りが必要だと思うんです。タッチや技術にかんして、私たちは昔のメソッドに回帰してもよいでしょう」

(*)ブゾーニについてはについては別章。
(*)エルンスト・パウアー(一八二六―一九〇五)は、オーストリアのピアニスト、作曲家、教育者。
(*)アルフレッド・コルトー(一八七七―一九六二)は、スイス出身の世界的ピアニスト。フランスで活躍。

「ピアノ演奏では、作曲家のねらいを引き出すことはもちろん、演奏者自身のインスピレーションや感情も大事です。作曲家が何を考えていたのかを、深く追求をしなくてはいけませんし、同時に自分の気持ちや熱意、情動を、曲に投げ込まなければいけません。曲の意味を自分で感じとったうえで、聴き手を感動させられるようにそれを演奏する必要がある。教養のないピアニストがたくさんいます。ソナタをいくつかの演奏できるからといって、自分がベートーベンを知っていると思い込んでいる。音楽においては『知は力なり』です。私たちにはあらゆる知識が必要です」「ひらめき 無料素材」の画像検索結果「同時にひらめきも必要です。現代の最も優れた教師のなかに、個人的なひらめきは必要でないと考えている人がいます。その人の考えでは、感情は譜面そのものにすべて宿っている。私たちがすべきは、これこれの強弱で演奏するということに尽きる、ということになる。田舎の医者が薬を処方するときのように、この巨匠はフォルテ、メゾ、ピアノなどの粉末を配合します。このような演奏プランは、個性とか情熱といったものの勢いを削いでしまいます。計画が意味するのは、すべてが冷徹に計算されなくてはならない、ということだからです。このような演奏が本当の意味で人の心を暖かくすることはありません」

「私は初心者にさえも、音のコントラストや音の色彩を教えるのが良いと信じています。子どもたちが、死ぬほど退屈なメゾから脱して、フォルテとピアノの概念を形成していっても構わないでしょう。私はその練習となるようなピアノ小品をいくつか書いています。うちの子はその一つを練習し、私に弾いてみせてくれました。終わりのフレーズはこんな感じです」

ガンツ氏はそれをピアノで実演した。

「ここはフォルテで演奏する部分。次はソフトなタッチで弾いて、エコーのように響かせる箇所です。この幼い音楽仲間がペダルに足を伸ばしてフォルテを一層強調しようとしたり、柔らかいタッチで巧みにエコーを奏でたりするのを見て、実に美しいと思いました。わが子は音の色彩にかんする最初の原理――音のコントラスト――と抒情性をちゃんと掴んでいたのです」

「最近ではびっくりするような子供がたくさんいますね。神童たちは驚くべきことを数多く成し遂げています。しかし彼らがそれ以上に育たないことはよくあることです。神童が周囲の期待と裏腹に、子どもの頃に約束されていたはずの人生を成就できない場合が多くあります」

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コルンゴルト

「作曲での神童と言えば、エーリヒ・コルンゴルト(*)です。私はニューヨークのリサイタルで、彼のピアノソナタ(*)を弾きました。いま行っているツアーでは、都合八度弾いています。リクエストで弾くという場合もよくあります。私にはとても興味深い曲です。アイデアの展開は論理的とは言えません。この少年が特に理由もなしに、そこかしこに和音を放り込んでいるような思われることも結構あります。ですから覚えるかなり大変です。『このハ長調の和音は嬰ハ長調を含み持っている』だとか、『これこれの和音が普通とは相当違うものに変えられている』などと、常に心しておかなければいけないからです。彼が今後が伸びていくかは誰も予想できません。おっしゃるようにモーツァルトは神童でした。しかし残されている最初の小品から判断する限り、モーツァルトは素朴な作品からスタートし、そこから徐々に腕を上げていきました。一方コルンゴルトの場合、最初からリヒャルト・シュトラウスなのです。その作品にはシュトラウスの影響で満ちています」

「評論家はコルンゴルトの初期の作品について、好意的であれ批判的であれいろいろ意見を持っています。私はコルンゴルトを直接には知りませんが、彼から手紙が届いたことがある。ここに最近来た手紙があります。『批評家は私の書いたソナタのなかに、承服できないものをたくさん見出しています。しかしガンツさん、あなたは私のソナタには学ぶ価値、演奏する価値があると考えてくれているので、辛辣な評価を補って余りあります』。こんな趣旨のことが書かれています。アメリカの音楽的中心地でこの作品を知ってもらうようにすれば、広く世の中に知れ渡っていくのは間違いありません」

(*)エーリヒ・コルンゴルト(一八九七―一九五七)は、現在のチェコに生まれ、オーストリアとアメリカで活躍した作曲家。神童作曲家として多くの事績やエピソードがある。
(*)ピアノソナタ第二番ホ長調のことと推定される。コルンゴルト十三歳のときの作品で、アメリカ初演はガンツによる。

のちの機会にガンツ氏は言った。

「私は自分の熱意を現代音楽のためにとっておくのがよいと確信しています。現代音楽は一見したところ魅力がなく、ほとんど鼻持ちならないものだとしても、そう信じているんです。新しい作品を勉強したり、ピアノ作品における現代的思潮を学んだりするのは、私には楽しいことです。そうすることず私は若く元気でいられます」

「私のレパートリーに最近加わったものとしては、ハイドンのニ長調ソナタがあります。コルンゴルトのソナタも同じプログラムに組み込みました。二つの作品は互いに百年以上隔たっています。私は古典を大切に思っていますが、音楽と人生における新思潮を追うこともまた、私には大事なことなのです」