4 リズムと音色

リズムと音色の相関性

リズムと音色という対極にある二つのものに、いったいどのような関係が、たとえ名目上でもあるのだろうかと訝しむ人もいるだろう。リズムはピアノ演奏の機械的な側面に属し、音色は理想・詩・魂に関係している。しかしこの二つは一見そう思えるほど互いに遠く離れたものではない。音色の美しさや多様性は、リズムを極めるということに大きく依存しているからだ。

魂で演奏できるようになる前に、まずリズミカルに演奏できなくてはいけない。リズムのゆらぎによって色彩や情動を表そうとする前に、まず拍子を合わすことができなければならない。音色がリズムに依存している。拍子やリズムありきなのだ。それを十分制御できるようになって初めて、その上に行くことができる。音色の多様性という、より広いフィールドに踏み込むことができるのである。

音楽・音符イラスト素材「流れる音符-暖色」

リズムはピアニストにとって非常に大切な財産であり、これなくしてはピアニストはやっていけない。アーティストはリズム感が十分に発達している。この点でアマチュアとは大きく違うと言えるだろう。アマチュアは気分次第でリズムを崩すことを何とも思わない。アーティストは通常、こうしたことについて最大限に注意を払う。拍子に対する感覚がアマチュアより高度に養われているからである。

拍に対する完璧なセンスは、多くの場合、生まれつきアーティストに備わっていたものであり、彼らはその天賦の才を伸ばしてセンスを高めていったのだ。アーティストはリズムについて難しさを感じたことはおそらく一度もないだろう。一方アマチュアはつねに拍やリズムの問題と格闘しなければならない。

メトロノーム

リズム感を養うのにメトロノームのような機械の助けを借りるのは良いことだと思うかと一流アーティストに訊くと、必ずしもいい返事が返ってこない。アーティストは拍子の感覚を骨の髄まで染み込ませている人たちなので、彼らが機械的に刻まれる拍子に大きな関心を寄せないのは全然不思議ではない。

ヨゼフ・ホフマンはメトロノームを非難したが、それはおそらく彼の天性のリズム感と芸術的センスによるものだった。それでも間違いなく彼の言葉は多くの生徒に影響を与えてしまった。リズム感を欠く生徒がメトロノームを使っていれば、かなりのプラスになっていただろうにと思う。メトロノーム, リズム, テンポ, 楽器, 音楽, バー, ビート

ゴドフスキーはメトロノームについての意見を求められてこう答えている。

「自信を持って言いますが、私はメトロノームの使用に賛成です。ピアノ演奏に関する私の労作である『プログレッシブシリーズ』で、メトロノームに一章を割いてさえいるのです」

エドウィン・ヒューズはこう言っている。

「生まれつきリズム感のない生徒にとって、メトロノームを使った練習にまさるものはありません。効果がはっきりと現れるまで毎日これを使うのです。効果が出ればもちろん、よく考えながらこの訓練を減らしていってもかまいません(*)。機械的な意味でのリズム――つまり曲のなかの音符を正しくカウントし、正しくグループ化する能力――は、忍耐があればどの生徒でも身につけることができます。しかしショパンのマズルカやウィーン・ワルツが求めている繊細なリズムの陰影を出すためには、生徒に特別なリズムの才能が備わっていなければいけません」

(*)初出の文ではmustだが、ここではcanとなっている。

レシェティツキの薫陶を受け、彼の方法に従っているアーティストや教師は、一般的にメトロノームに好意的な証言をしている。これは実のところ、拍子の感覚やカウントの正確性に欠けている生徒が多すぎて、これへの対策としてメトロノームという厳しい方法を使うしかなかったということである。

メトロノームの乱用ならぬ適切な使用が、安定したリズム感を確立させるのに大いに役立つと一応認めたうえで、今度は音色という魅力的なテーマに目を向けてみよう。

音色

あるときパハマン(*)は、特定の効果を出すために特定の指づかいをしているのは本当のことだと認めたことがあるが、特定の指づかいで特定の効果を出せるとするのはこの風変わりなピアニスト特有の思い込みにすぎないと考える人が多かった。しかし実際はパハマンの他にも、音質は指づかいに依存するという考えにもとづいて演奏してきたピアニストはいる。たとえばトゥエル・バーナム。彼は五の指を「冷たい指」と呼んでいる。この五の指を立て続けに使って表情豊かなメロディを弾くことはできないだろう。バーナムの場合、心のこもったメロディにしたいときは、代わりに「暖かい指」である三の指を使う。

(*)ヴラディーミル・ド・パハマン(一八四八―一九三三)は、ロシア(現ウクライナ)出身のピアニスト。ショパン弾きとして知られる。演奏中つぶやいたり、楽譜通りに弾かないなど、個性派だったという。

音の多様性

ピアノを効果的に演奏したいのであれば、さまざまな色彩の音を求めて努力し続けなければならない。これは音階・和音・アルペジオなどの技術練習のなかでもできることである。歌手はまっすぐでのっぺりした声ではなく、響き渡るような声を出すように努力している。これと同様にピアニストは自分の演奏に色彩と多様性を与えるよう努めている。

ハロルド・バウアーは、音と音とのコントラストによって、必ず多様性が生まれると考えている。非常にきつい音でさえ、それが正しい場所にあれば美しいものとなる。これはその音が他の音との関係のなかにあるからであり、またその音が楽想を表現する力を持っているからである。光と影の対照、音のグラデーション、多様なタッチ、細やかなニュアンスによって演奏を表情豊かにすること、それは一つの偉大な芸術である。これまで、最も才能のある人たちだけが、この芸術を完璧に極めている。パデレフスキの演奏やガブリロヴィッチの音色が私たちを虜にするのは、彼らの演奏のなかに今述べたようなものが含まれているからである。ホフマンの演奏には不思議な雰囲気や色彩がある。生徒にとっては、さまざまな光と影、変化に富む美しい音色についての優れた実物教育となるものである。

ホフマンは感受性が強く、色彩の効果に敏感な人である。自然や芸術や身の回りの物のなかの或る特定の色が彼を引きつける。その色に親しさを覚えるからであり、また作り出そうとしている音色をその色に見出すからである。また別の色は、おそらくそれとは反対の理由によって、彼には不快感を催すものとなる。鮮明な赤は闘争の色であり、ショパンの≪軍隊ポロネーズ≫やマクダウェルのポロネーズといった作品と親和的である。こういう曲を弾くときはどうしても赤い色が見えてくるし、赤色を感じずにはいられないだろう。

「赤い紙のテクスチャー赤い紙のテクスチャー」のフリー写真素材を拡大

愛の音楽には薄桃色やバラ色。夜想曲など夜の音楽には優しい青、グレーの色合い。これらが音と色の親和性を示す例である。黄色や黄金色の暖かい色合いには、初秋の雰囲気が漂う。明るい緑色は、春や心地よい夏を思い起こさせる。モーツァルトの曲のなかには、夏の鮮やかな緑の情景を運んで来るものもある。ハ短調の幻想曲 [K475] 、パストラール変奏曲 [K.Anh.209] などはその種のものである。

アーサー・ホックマンは言う。

「私にとって色は非常に大きな意味を持ちます。色のなかにはとても美しいものがあります。たとえばさまざまな色合いの赤。金色に近い黄色。豊かで暖かい茶色。水の流れのような青色。画家と同じように、私たちはこれらの色を用いて素晴らしい組み合わせを生みだすことができます。私にとって暗い赤は繊細で内省的、神秘的な何かを物語るものです。一方、黄色は陽気さと明るさを表しています」

フリーイラスト カラフルな四角形の背景

ピアニストは色彩の効果を学んで、それを自分の演奏で表現するのがよいとよく言われている。色彩の効果は劇場やオペラ座で学ぶのが好都合である。このような場では光と影、色彩、流転する行動・情動のパノラマが、限りない多様性で目の前に繰り広げられる。

偉大な歌手は「すべての楽器のなかで最高の楽器」である人間の声によって、音の無限のグラデーションを生みだすことができる。ピアニストはそれを目の当たりにするとき、音色について多くのことを学ぶことができる。

要するにピアニストは、幾多の情報源から経験・感情・情動を引き出し、それをピアノから呼び起こす音色のきっかけにしようと努めている。感覚が鋭ければ鋭いほど、頑張れば頑張るほど、苦しめば苦しむほど、長く生きれば生きるほど、自分の選んだピアノという媒介を通じて、一層多くのことを表現できるようになるだろう。