3 曲の覚え方

暗譜

ピアノの世界は進展をみせてきたが、現段階でピアニストは、ステージ上で楽譜を見ながら弾くという冒険をしなくなっている。自分の名声を大切にしている人であれば、誰もそんな真似はしていない。ソロも協奏曲も、そして伴奏さえも暗譜で演奏しなくてはいけない。

ピアニストは、自分が演奏する楽譜のすべての音を知っておく必要がある。人気の伴奏者も、有名な歌手・器楽奏者に伴奏をつけるとき、同じように暗譜で弾くことを強く望んでいる。オペラ・交響曲・協奏曲を自在に操るアーティスト指揮者も存在する。ピアニストはレパートリーを二百曲以上持っているのが当然だと主張したハンス・フォン・ビューローは、ピアノと同じほどオーケストラ音楽にも精通していた。彼はいつも楽譜を見ずに、マイニンゲン管弦楽団を指揮した。

ならばこう言っておこう。現代のピアニストは二百曲ほどのレパートリーを持っていなければいけないし、そのすべてを楽譜なしで演奏しなければいけない、と。ピアニストがこれほどの量のページを覚えているという事実だけでも大きな話題になる。

問題は、早く確実に譜を覚えるのに最良の方法を見出すことである。ここでも私たちはアーティストやアーティスト教師にお伺いを立てる特権がある。彼らが譜を覚える方法を編み出し、何度も繰り返しその方法の効果を証明してきたとなれば、その知識と経験は実践的なものであろう。

レシェティツキがピアノを離れて曲を覚えるよう助言していることはよく知られた事実である。多くの学習者がパッセージを考え抜くことを避けて、その部分をひたすら繰り返し、しまいにはなぜ覚えられないのだろうかと不思議がっている。レシェティツキのメソッドは、このような無駄で浅はかな繰り返しに直ちに門前払いをくらわせるものである。

このウィーンの巨匠は、二小節か四小節の短いパッセージを片手づつ覚えて、次にそれをピアノ上で試してみるのがよいと提案している。まだ頭に十分に定着していないとしても、ピアノで弾いてみる努力を繰り返す。そのうち、ミスなくパッセージを引き通せるようになる。この作業を繰り返し、作品全体を覚えていくのである。

一年で覚えられる曲数

毎日五、六時間練習していて、曲の覚え方も理解している人は、一日あたり楽譜一ページ分を覚えることができるはずである。系統立ててこの道を歩んでいけば、一年で少なくとも五十曲を完全に自分のものにできる。これは一見かなり大きな数字に見えるか、実際は控えめな見積もりである。曲が徐々に難しくなるということを考慮して、この数字を半分に割ったとしても、二十五曲も残っている。これだけあればプログラムを二つ組むのに十分であるし、一年の勉強と引き換えに立派な公演をこなすことができる。

レシェティツキが推奨する覚え方は、すべての人に受け入れられるものではないかもしれない。より自分の気質に合う覚え方を見つけて、目的地を目指す人もいるだろう。自分にあった覚え方がまだ見つからない人は、一番早くしかも徹底的に覚えられる方法に巡り合うまで、いろんな方法を試せばよい。巨匠たちの見解は、曲を覚える過程で最も重要なのは分析および集中力だということで一致している。

ピアニスト・教師であるマイケル・フォン・ザドラ(*)は、最近私にこう語った。

「何か難しいパッセージを覚えなければならない場合、普通は、パッセージに指が馴染むまで何度も繰り返し弾いて覚えていきます。しかし私はそう教えません。パッセージをマスターするための唯一の方法は、それを徹底的に分析することです。分析して、それがどのような譜なのか、どのような音符の配列なのかを知るのです。各音符は鍵盤ではどの位置にあたるか、指づかいはどうするか、譜を弾くにあたってどんな手の姿勢にするかを理解するのです。そうすれば、指を実際に鍵盤上に置くより先に、指がどこに行くべきかわかっていることになります。これくらい徹底的にパッセージや曲を理解し、それについて考えを持ち、自分の一部として血肉化できたとき、指はそれを弾けるようになっているのです。そこには何の難しさもないでしょう。無意味な繰り返しの練習は不要なのです」

(*)マイケル・フォン・ザドラ(一八八二―一九四六)は、ポーランド系アメリカ人のピアニスト・作曲家・教師。レシェティツキやブゾーニに学ぶ。ブゾーニ作品の普及に尽力した。

フレーズごとに覚える

曲を覚えるには、まず調・和音・構成を徹底的に分析し、それからフレーズごとに覚えていく。これは大半のアーティストが意見の一致をみている方法である。キャサリン・グッドソン、エレノア・スペンサー、エセル・レジンスカもこの方法を使っている。三人はレシェティツキの門人で、今コンサートで活躍中である。

グッドソンは言う。
「私は実際、譜に書かれている調と同様に、別の調でも演奏できるほどに作品を知り尽くしています。必ずしもいつも『片手ずつ』覚えるわけではありません」

エレノア・スペンサーは言う。
「私はまず曲の形式にいくらか馴染むために、通しで数回弾きます。次に曲を分析・研究し始めます。一度に一フレーズあるいは一楽想ずつ、また一小節か二小節ずつ、覚えていくようにします。非常に込み入ったものでもない限り、普通は片手ずつ覚えることはありません。両手一緒のほうが簡単に覚えられることもあるのです」

エセル・レジンスカ(*)は、難しいパッセージは、どれだけ時間がかかろうとも、完全にものにするまでしつこく取り組むと明言している。「練習中のパッセージに絶対の自信を持てるようになるまでは、先に進んでも意味がありません」と彼女は言う。

(*)原文ではジャーメイン・シュニッツァーとなっているが誤りか。

左からグッドソン、スペンサー、レジンスカ

今まで引用してきた意見や、私がアーティストから直接聞いた多くの話から考えて、アーティストが無駄な繰り返しに時間を費やしていないことは明らかである。曲は、覚えてしまわないと自分のものにならないということを、彼らは悟っている。練習しようという曲を選んだ時点から、彼らはすぐに曲を覚え始めるのだ。

曲を覚える意識を持たずに練習する生徒もいるが、覚えようとして取り組めば多くの貴重な時間が節約できるだろう。どんな素質も、努力を続けることによって伸びていくのと同じように、譜に表された内容を覚える能力も、使えば使うほど高まっていくものである。

それなら、いたずらに曲を弾くのをやめて、曲をしっかりと自分のものにするということを今すぐ始めてはどうだろう。心のなかに写真のように刻まれるくらい、フレーズに目を凝らすことである。

「言葉をじっと見つめる習慣をつけなさい」

と言ったのはラスキンだが、楽譜についても同じことが言えるだろう。一、二度見たら覚えられると信じながらフレーズを凝視するのだ。譜面やパッセージを見たまま弾くことを延々と繰り返すだけで、それを心にずっと留めておこうとする努力をしないのは、ただの怠惰であり、気の緩みである。

ジョン・ラスキン(1819-1900)

私は教師として仕事をするなかで、まったくと言っていいほど曲を覚えない生徒や教師をつねに見ている。なかには暗譜を認めない者すらいる。まともに考える力を持つ人が、どうしたらものごとを徹底的に知ることを認めないでいられるのかは、理解しかねることである。ものごとを徹底的に理解する唯一の方法は、それを覚えてしまうことである。

つねに手入れが必要

一度覚えたレパートリーは、つねに良い状態に保っておかなければならない。一般にコンサートアーティストは、勉強の時期、曲を繰返す決まった手順を持っている。これによってすべての曲を少なくとも週一回はやり直すことができる。あるアーティストは、一週間をまず古典的作品で始めて、現代作品やコンサート曲で週を締めくくるのがよいと提案している。こうすれば練習曲が毎日割り当てられることになる。

曲はただもう一度弾くというだけでなく、本当の意味で精査しなければならない。弱い所があれば、そのすべてについて譜面を見ながらゆっくりと注意深く練習して対処する必要がある。

ツアー中のアーティストは、継続した練習が難しかったりできなかったりするので、つねに自分のレパートリーの楽譜を携帯し、いつもフレーズを――その効果をよく考えながら――勉強し、手入れし、磨いているのである。

「つねに曲を覚えるようにして、いつも記憶を活性化させておいてください。一度に少しずつでかまわないので、体系的に覚えるのです。そうすれば毎日進歩していきます。こうしてレパートリーがつくられていくのです!」

私は、ピアニストになりたい人にこう言いたいと思う。