0 原著者の思い出から

個人的な思い出

何かをするとき、それをどうやってやればいいのか、他の人はどうやっているのか、同じことでもなぜやり方がいろいろあるのか――。私は物心がついた頃からこんなことばかり考えていた。子供のころ、人が細い針作業や美しい刺繍をしている様子を見るのが好きだった。私は自分が見たものを細部にいたるまで真似しようと努めた。

正確さや細部へのこうしたこだわりはピアノの勉強でも発揮され、私は多くのことに疑問を持つようになった。他の人は別のやり方でやっているらしいのに、なぜ私はこれこれこうしなさいと言われるのだろうかと。私は実際、誰もが他の人とは違った方法でピアノを弾いていることに気づき始めた。なぜ唯一の方法がないのだろう?

ある日の夜、私はアントン・ルビンシテインのリサイタルに連れて行ってもらった。それは思い出に残る夜となった。ルビンシテインはある瞬間には炎のようなタッチで弾いた。ベルベットのようになめらかなタッチをする瞬間もあれば、アザミの冠毛のように柔らかくて軽いタッチをする瞬間もあった。このように鍵盤が操られるとき、ピアノとは実際なんと驚くべき楽器であろうか。我が家のピアノはこの驚異的な演奏と接点があるのだろうか。私は今までいろんな人の演奏を聴いてきたが、なぜ彼らの演奏は、この巨匠の演奏を目の当たりにしたとき、忘却の彼方に沈んでゆくのだろうか? こうしたすべての理由は何なのだろう?

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アンナ・メーリヒ

私はメーリヒ(*)、ジョセフィ、メイソンなど、それまで以上に多くのピアニストを視野に入れるようになった。彼ら巨匠たちの演奏を聴くと、それぞれがその人自身に一番しっくりくる弾き方をしていることが、かつてなくはっきりと理解できた。それと同時に各ピアニストは、普通の学習者がほとんど想像できないような音色や効果をピアノから引き出していた。その秘密は何なのだろう? キーの動かし方だろうか。手のサイズだろうか。指の長さだろうか。はたまた強い力だろうか。

私はいつも、ミスを避けるためゆっくりと慎重に弾くようにと教えられていた。ところが彼ら巨匠たちはびっくりするほど大胆不敵だった。少なくともルビンシテインは、望んでいる速さと効果を出すことができさえすれば、ここかしこに多少のミスがあっても気にしていないようだった。彼の恐れ知らずの速さや、途方もない力はどこから来ていたのだろうか?

(*)アンナ・メーリヒ(一八四七―一九二八)は、ドイツのピアニスト。リストに師事。コンサートピアニストとして欧米各国を廻った。

ピアニズムの本質

私は効果的なピアノ演奏の本質を徐々に理解し始めた。明瞭なタッチ、知的なフレージング、さまざまな音色、ピアノが持ち堪える精一杯の力、極めつけの繊細さ、最高の速さ――これらが本質的なことである。アーティストはもちろんこうしたものを備えていた。だが普通の生徒や教師はアーティストのように効果的には全然弾けなかったし、明瞭さも力もまったく不十分だった。この理由は何だろうか?

やがて私はいろいろなピアノ教師に見てもらうことになった。一人目の教師には黙って従い、言われた通り正確に弾く努力をした。二人目の教師には、すべて最初からやり直さなければいけないと言われた。一人目の教師に「すべて間違って」教えられていたからだという。私は手の姿勢も、独立した指も学んでいなかった。この二人目の教師のもとでこれらが確立できたと思った。しかし三人目の教師は、二人目の教師に教わったやり方は「すべて間違って」いるので、それとはまったく別の方法で、独立した指をつくらないといけないと私に告げた。四人目の教師から言われたのは、指は第二関節から直角に曲げなければならないのであって、私がしてきたように三箇所の関節すべてを丸めるのではないということだ。この「いわゆる」誤りは、修正するのに何ヶ月もかかった。

五人目の教師は指づかいやフレージングで有名な人物だった。この教師には指づかいやフレージングに関して、正統的で優れた観念――いくらか衒学的だったが――を教わったことで恩がある。六人目の教師は、柔らかいタッチによるゆっくりとしたモーションが趣味のようなものだった。彼の課程は半年以内に指の活力を全部奪い、演奏の華麗さを全部なくすように仕組まれていた。次の七人目の教師のおかげで、筋肉の力を抜いた柔軟のタッチについて理解できた。このタッチを熱心に練習するあまり、私のピアノは可哀想なことに一年で駄目になり、鍵盤を新しいものに変えるため工場送りになった。八人目の教師が強く求めたのは、極めて正確に指を動作させること、メトロノームで速さを作っていくこと、音に細やかな陰影をつけること、楽曲を覚えることである。

本当の知識への渇望

手短に言えば、以上が私のピアノ教師たちとの経験だった。この経験自体に加え、私はその間、メソッドと称するものや、名前のないメソッドをいろいろと試したこともあって、いまの自分がこれまでの歩みを俯瞰できる見晴らしの良い所にたどり着いていると感じている。鍵盤の巨匠たちの経験を知りたいという望みは、私のなかでかつてなく強まっている。

ピアノを極めるために、巨匠たちが通る必要のなかった道は何か。ピアノを極めた今、巨匠たちは何を技術や演奏の決定的な本質と考えているのか。そうした本質を知っている人がいるとすれば、それは彼ら巨匠たちであるに違いない。何をすればよいのか。何を避ければよいのか。必要のないもの、本質的でないものとして何を排除すれば良いのか。何に集中すればよいのか――。こうしたことを巨匠たちはその気になれば話すことができる。

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アントン・ルビンシテイン

ルビンシテインの驚きの音色が子供の私の耳に落ちたあの夜、私は彼のところに行きたいと強く願った。そしてその素晴らしい両手を私の小さな手でしっかりと握り、どうやって演奏しているかを教えてくださいとお願いしたかった。しかし今ならわかるが、彼は自分がどう弾いているかを説明できなかっただろう。偉大な天才であればあるほど、何も考えず自然に弾ける人であればあるほど、自分がどう演奏しているかを言葉に置き換えることは難しくなるからである。後年、パデレフスキやホフマンなどの演奏を聴いた時にも、どう演奏しているか教えてもらいたいという衝動がわいた。

ピアノを極めるために何をしなければならないかを、巨匠たちが正確に語る――。こんなことがあれば、巨匠の指導や経験に従って何かを得ようというくらい意識が高い学習者にとって、どれほどの恩恵であろうか。

私はこの望みを『ミュージカルアメリカ』誌に明かした。半分忘れかけていたが、数ヶ月後、私は同誌から、訪米する世界的ピアニストたちとのインタビューシリーズを準備するよう要請を受けた。私の願いの強さが認められたかたちだ。インタビューはアメリカで成功している著名な教師、つまり安心して任せられる優秀な指導者だということを結果で示している教師に対しても行った。

真実を求めて

これは興味深くて自分に合う仕事だった。これほどの熱意を持って仕事を引き受けたことはかつてなかった。私はアーティストを質問攻めにした。彼らにとってはごく平凡な質問に見えたかもしれない。しかし質問する側にとっては、ピアノ技術とピアノ熟達《マスタリー》の本質に関わる問いである。

piano

アーティストにとって、椅子に座って自分のメソッドを分析することは簡単な仕事ではない。彼らのなかには、このテーマについて自身の考えを言葉にするのはほとんど不可能だと考えている人もいた。そのようなアーティストは解釈という高尚なテーマにあまりに長く関わってきたため、どのようにして自分が技術的効果を生み出しているのかがほとんどわかっていなかったし、そうした効果を生み出す方法を言葉に置き換えることもできなかった。ルビンシテインと同様に、彼らができることは「私はこういうふうに弾いているのです」と言うことだけだった。それが実際どういうふうなのかについては、質問者の推測まかせだった。質問者が推測して、それに説明を付与するしかなかった。

それでも質問によってアーティストから多くの情報を引き出すことができたし、それは私が知りたいと思っている謎を解くのに役立った。

私の念頭にずっとあったのは「真実」である。私はピアノ演奏上の各テーマについて真実を見出したいと願い、アーティストの話を――その最も正確な意味を伝えてくれそうな表現で――書き留めるように努めた。一番大事な点(あるいは検討すべきテーマを統括する分類タイトル)を考えてみるに、次の四つが基本的なことをかなり網羅するように思われる。

(一)芸術的なピアノテクニックの習得・維持の方法
(二)練習の方法
(三)曲の覚え方
(四)ピアノ演奏におけるリズムと音色

[以下のセクションでは、これまで登場したピアニストの言葉が再び引用されている場合があるが、原文では多少の省略や表現の異同がある。訳文もそれに合わせて変更した。改めて訳し直した場合もある。もとの文と以下のセクションの文とで、意味的に差異が生じている場合は注に記しておいた。]